晩春の頃だったそうである。
小学3年生の吉岡さんは、友達3人と一緒に『秘密基地』に遊びに行ったという。
田植えを間近に控えた田圃の間を縫って、自宅からあぜ道をてくてくと歩くこと数十分で辿り着く。
元は家畜を飼っていたらしい、2階建ての荒れ果てた小屋がそれである。
1階は壊れ果てた柵が大部分を占めており、文字すらも解読出来ない程朽ちた飼料袋らしき物が散乱していて足の踏み場も無いが。
今にも踏み抜きそうな梯子が2階までヌッと伸びており、ドアの無い階へと導いている。
「ま、今風で云えばロフトだな」
その階が彼らの秘密基地と化していたらしい。
そこは1階とは違ってそれなりに小綺麗に保たれており、中央には彼らの手によってゴザが敷かれてあった。
いつもは互いに漫画雑誌を持ち込んで回し読みしたり、他愛の無い話等で盛り上がっていたが。
今回は違った。
吉岡さんの手には、ピカピカのラジカセがあった。
友達に見せびらかそうと、兄から無断で拝借してきたものである。
乾電池でも動くし、録音もできる優れもの。
彼の思惑通り、みんなの注目をあびることに成功したが。
誰からともなく、
< みんなでしゃべってる声を録音しよう>
という事になった。
無断で持ってきたものなので少し躊躇ったが、既に断れる雰囲気では無くなってしまっていた。
『ま、いいか』
ラジカセの中には兄にもらった生テープも入っているし。
「もう、みんな興奮しちゃってて」
無理もない。
クラスの中でも持っている人はほとんどいなかった。
埃を払ったゴザの中央にラジカセを置いて、皆で囲むように腰を下ろした。
吉岡さんがゆっくり録音ボタンを押すと、先を争うかの如く次々にしゃべり始めた。
「さすがに内容までは覚えてないんだけど…他愛も無い事だったよなあ」
自分達の名前に始まり、最終的にはお互いに好きな人を告白しあっていたという。
「そういうのは好きじゃなかったんで…」
恥ずかしがって録音に参加していなかった吉岡さんであったが、周りに押されてしぶしぶ参加していた。
カセットテープの片面にあたる約23分間。
彼らは嬉々としてしゃべりまくった。
「ま、録音したらすぐに聞いてみたくなるよな」
録音終了とともに速攻で巻き戻して、彼らはテープの声に聞き入った。
「ホントに恥ずかしかったんだよな。自分で持ち込んでおいて何だけど。」
周囲の賑わいをよそに、吉岡さんは用を足しに外に出たという。
膀胱を空にして戻ってみると、間もなく自分の声が再生される頃合になっていた。
友人達も大いにはしゃいでいる。
やがて、吉岡さんの声が再生され始めた。
初めて聞く自分の声。
いつも聞いている声とは似ても似つかない、女のような甲高い声。
「えー、俺ってこんな声してたんか!」
込み上げる恥ずかしさからか、妙に大袈裟に振る舞ってみるが。
周りは全く反応しない。
誰一人として口を開こうとしない。
< えっ、何?みんな怒ってんの?>
先程までの活気が嘘のように静まりかえっている。
その時、
「これ、吉岡くんの声と違う」
誰かがぼそっと呟いた。
その一言で、急に空気が重くなった。
聞こえてくる話の内容は、さっき自分がしゃべった事と同じ。
しかし、声が違う、らしい。
だが、自分では良く分からない。
まさか。と思った刹那、
しゃべり声に重なるようにして、唄声がラジカセから聞こえてきた。
聴いたこともない、童謡のような唄。
周りは凍り付いている。
吉岡さんの心臓が早鐘を打つのを感じた時、
……キャハハハハッ……キャハハハハッ……
突然、笑い声が大音量で小屋中にこだました。
スピーカーから聞こえてくるのは、同じ甲高い声だった。
「逃げ出したよ、全速力で」
這々の体で退散し、各々自宅に逃げ帰ったというが。
「でもね、ラジカセ置いてきちゃったんで」
窮した吉岡さんは、母親に泣きついて取り戻しに同行してもらったという。
件のカセットテープは近くの川に投げ捨てたということである。
