映画好きの大学生、川城君の話。
昨年春先、川城君は、今年2006年1月で閉館した映画館「浅草東宝」にオールナイトを見に行った。
午前五時前に映画は総て終わった。未だ薄暗い浅草の街を、川城君は眠気覚ましに早足で駅に向かった。浅草駅に着いた時、始発が来るまでにはまだ少し間があった。
がらんとした肌寒いホーム、川城君がベンチに腰掛け徹夜明けの重い頭でぼんやりと電車を待っていると、一人の男が川城君の前に立った。
鼠色の長袖シャツの裾を、よれよれの肌色のズボンの上から垂らした五十年配の男だった。
濃い眉毛に大きなロの、気の強そうな風貌だったが、今はその顔に疲労の色がはっきりと現れている。こけた頬にはまばらな髭が生え、しょぼしょぼした目の下には濃い隈が浮かんでいる。
「××××ないよな?」いきなり男が聞いてきた。
「えっ?」聞き返すと
「××ってないよな?」言いながら川城君の隣に座り込んだ。
「映ってないよな?」
今度は聞き取れた。川城君は一瞬、この男もオールナイトの帰りで、見てきた映画について何か言っているのかと思った。しかし違った。
男が右手を前に伸ばした。今まで気づかなかったがその右手には手鏡を握っている。
男は手鏡を覗き込みながら、川城君の方に体を摺り寄せ、
「映ってないよな?」「映ってないよな?」と繰り返す。
どうもその手鏡に、何かが「映っていないだろう?」と言っているらしい。
長さが20センチ、幅が15センチ程の楕円形の鏡面に、長い柄のついた何の変哲もない手鏡だ。
鏡の中一杯に、男の疲れた顔が映っている。
川城君が扱いに困り黙っていると、男も一瞬口を閉じた。
それからズボンのポケットから白いビニール袋を取り出すと、いきなりそれを頭からすっぽりと被った。
そしてビニールの下からこもった声で、再び「映ってないよな?」を繰り返し出した。
鏡面には男の顔が消え、一面ビニールの白色で埋まった。
川城君はぎょっとして、次いで焦った。
・・・・わあ、これは危ない人だ。ビニールを被ったから、顔は鏡に映ってないって言いたいのかな。まずい人に付き纏われちやったぞ・・・・・・
川城君は早く電車が来てくれと祈った。その時、
「その時、急に気がついたんだ。男は「映ってないよな?」って言いながら左手で鏡を指差すんだけど、鏡の正面に突き出すその指が、本当に鏡に映ってないんだ」
川城君は悲鳴を上げ、全速力で階段を駆け上がり駅から飛び出した。
LRg
柏木 麻宏 2006年6月3日 18:21
+1
うはっ、こりゃぁいい!目が疲れ始めていたのですが、復活した感じです(笑)
sora 2006年6月3日 12:49
文章;■■■■□
怪異;■■■□□
恐怖;■■■□□
評価;■■■□□→ 1
mariman 2006年6月2日 21:25
久遠平太郎 2006年6月2日 20:55
評価+1。
タクシー2連発ですか。
こちらの話もかなり良いですね。
そのタクシーで過去に何があったのだろうと想像させられました。
文章も無駄な部分が全く無くシャープにまとまっていると思います。
2006年6月1日 12:22
面白かった。
運転手さんも、乗ったほうも大変ですね。
二人の違う方向にむいた必死さが笑えます。
「男」も泡の量を増やしているし。
+1
ミミちゃん 2006年5月31日 0:59
てらまち 2006年5月30日 21:32
そうかぁ。車を替えても出てくるのか?運転手に憑いてる?でもタダ乗りばかりさせていたら、給料出ないよ、現実には。お話としてはgoodだが。±0。
その他の人 2006年5月30日 20:41
うわぁっ、切ねぇ!! いつまでも頭を下げ続ける運転手さんの姿が想像され、ものすごく気の毒な読後感がありありです。
怪異もかなり強烈だし、超−1応募作の中でも一、二を争う傑作のような気がします。素晴らしい作品をありがとう。
+1
吉田 2006年5月29日 15:46
良い▲
ラストが特にいいですね。秀逸。
運ちゃんの必死さや諦め、そして悲惨さ。こういう背景や感情が描写されると、恐怖も助長されます。
そして、なによりもこのシチュエーションがいい。実話怪談として、短編の物語として、凄く良く出来ていますなあ。
有澤 凪 2006年5月28日 23:20
怖い!運転手さんの言動もものすごく気になる!+1
藪蔵人 2006年5月28日 1:01
ここに書いてあるだけでも恐ろしいのに、色々想像できて更に恐ろしい。
いや、いい怪談です。
評点: 1
林不二男 2006年5月27日 21:53
凄く怖い。文章も変に力んだところが無く、運転手さんとタニグチさんの行動、会話も自然だと思いました。 +1
ぼっこし屋 2006年5月27日 20:49
怪異の存在の描写が不気味でグッド。
また、一時的でなく継続中の現象である点もまたポイントが高いです。
何故そんなものが住み着いたのかを語ると却って白けそうなので、この手法は成功ではないでしょうか。
運転手の必死な様子が、恐怖を物語るのに十分なエッセンスとなっています。
秀作です。 1
brother 2006年5月25日 12:16
運ちゃんよっぽど怖かったんだろうなぁ。^^;
日がな一日そんなのが後ろでうーうー唸ってたら、そら客に縋りたくもなりますわな。
タニグチさんも災難でしたなぁ。^^;
良いです。
+1
もり けんた 2006年5月25日 10:45
タクシー二連発ですか?
まったくもう(へоへ)ヾいいなあプラス1。
パターンは違いますがタクシーに乗り込むパンチ男の幽霊話は歌舞伎町あたりで聞きました。抗争で拉致されて殺されたヤクザの幽霊らしいっす。死体は×××××場前に放置…。おまわり来ました。リアルコワすぎ!
じぇいむ 2006年5月24日 15:56
運転手さんの過去になにかあるんでしょうか。
修羅な人とか。
タクシー怪談の王道で、充分怖いです。
評価+1
TOMOKI 2006年5月23日 14:58
良い!怪異もさることながら、タニグチさんのリアクションや運転手さんの
必死さも伝わってきて、怪異を補強していると想います。
運転手さん、気の毒な…しかし見えず感じずにこいつの隣に乗っている
お客さんも毎日いるんでしょうね…。+1
杜井 都衣 2006年5月23日 14:44
▲:怖いよっっ。
凄いなぁ。タニグチさんもお気の毒ですが
タクシーの運転手さんがもう、悲惨です。
ほとんど何時も一緒なんですもん。
こころママ 2006年5月22日 13:10
シンプルなタイトルから、「タクシー怪談かあ」と手垢のついたあれこれを思い浮かべてしまったのですがとんでもなかった!
甘く見ていて、すみません。
血の泡吹くパンチのひとの出現の描写も恐ろしいし、いつもそんなものを乗せて走っている運転手の救われなさも怖いですよね。 パンチに血の泡…、一体何があったというの。
読ませる巧みなテクニックも素晴らしいのですが、よくぞこんなネタを拾えたというそちらの手腕にも敬服。
実は、私の夫も10年近くタクシー運転手を勤めてますが、こういった経験はさっぱりです。同僚からも聞かないそうです。
意外とこの業界、ありそうでそれほどおいしいネタはころがっていないようなのです。 取材力の大きさにもプラス一点!
田原 誠 2006年5月22日 12:24
ここに書かれているだけではない要素への想像も膨らみ、怖くて面白い話だと思う。 △
ponken 2006年5月21日 12:57
これは怖い。へたにタクシーに乗れなくなりますね。運転手とパンチ男の間に何があったのか、想像してしまいます。+1で。
金縛郎 2006年5月21日 3:32
こりゃ凄い。
泡オサーンが(・∀・)イイ!
運転手のキャラも(・∀・)イイ!
文句なしに○。
2006年5月21日 2:23
この後、またしばらくすると出てくるんでしょうね。たまらんなあ。車変えてもだめなんでしょうね。たまらんなあ。 1
ネジ 2006年5月20日 23:14
すんげー怖い!
パンチの男も運転手の冷静さも何もかも。+1☆
hydrogen 2006年5月20日 22:18
1
他方だけが知っているシリーズとでもいいますか。
泡ナイス。
特にラストは素晴らしいですね。
ナルミ 2006年5月20日 20:10
これはけっこう怖い。
運転手の言動も新味があってよかった。
+1
風来月人 2006年5月20日 18:46
これ、不条理におもしろい。+1です。
へぼん 2006年5月20日 16:30
無料でいいと言った上に、頭を下げ続ける運転手さんにいかにその怪異が続いているのか、また「泡を吹く量が増える」のあとどんな恐ろしいことが起きるのか、いろいろ想像してしまうー。
多分今日の夜いきなり思い出してぞっとすると思う。○!
くりちゃん 2006年5月20日 14:13
なんだか不条理でわけのわからないまま怖いのがイイ。○
ハッシー 2006年5月20日 13:15
久々に面白い(怖い)お話
でした○