小荷田君がまだ大学生だった頃というから、二年ほど前の事。
海で泳いでいると友人が「おい、小荷田ぁ。お前背中にシミがあるぜ」という。
曰く、結構目立つシミらしい。
友人に背中を携帯で撮ってもらった。
その画像を見ると、確かにシミがある。
手の小指の先端くらいの大きさ。
肩甲骨の間、背骨に近いところに薄墨を落としたような感じ。
日焼けが原因なんじゃないの? と友人は笑った。
ほっとけば消えるだろ、と小荷田君も笑った。
「それから、何ヶ月か経った頃に彼女が“あれ?背中にシミあるよ”っていうんです」
彼女に携帯で画像を撮ってもらい、見てみる。
場所は変わっていないが、少しだけ大きくなっている。
シミって、どうやったら治るんだっけ? と思っていると、彼女がぽつりと呟いた。
「……このシミ、なんかぐちゃぐちゃしてるね」
改めて一番大きく写したシミ画像を良く見てみた。
薄墨色のシミの中に、少しだけ濃い黒色の細い線がうねっていた。
言われてみると、確かにぐちゃぐちゃしている、という印象だ。
彼女と二人で変なシミだね、と笑った。
それから一週間が経った。
彼女がまた背中を見て声を上げる。
「あれっ? なんかシミ、濃くなってない?」
小荷田君は、また携帯で背中を撮って貰った。
液晶に映し出されたシミを、彼女と二人で見てみる。
確かに、前よりも濃くなっている。
その時、気がついた。
「シミの中にある線が“怨”という漢字に見えたんです」
ここまではっきり読めると気持ちが悪い。
何これ? と彼女が眉間にしわを寄せる。
いや、これは偶然だよ、偶然って凄いね、と小荷田君は無理に笑った。
彼女も笑ったが、目が笑っていなかったという。
その日の晩、小荷田君は一人ベッドに寝転んで、例の【シミ画像】を見ていた。
何度見ても、やはり“怨”という文字に見える。
(……皮膚科に行こうかな)
ぼんやり思った時、ふいに背中を<くいっ、くいっ>と押された。
まるで指で押されたような感じだった。
押された場所は、肩甲骨の間。
あのシミの場所だった。
小荷田君が驚いて固まっていると、その背中を押す指の力がどんどん強くなってくる。
慌てて飛び起きた。
ベッドの上を見る。何もない。
なんだ、何もないじゃないか、と息を吐く。
その時、気づいた。
まだ背中が<ぐいっ、ぐいっ>と何かに押され続けていた。
小さく叫んで、小荷田君は背中を右手で払った。
払った手が何かに当たった。
ぐにゃっとした感触だった。
恐る恐る、そのぐにゃっとした何かを弄る。
その弄る手が何かに掴まれた。
右手がぐいっ、と後ろに引っ張られる。
小荷田君は「わっ!」と声を上げて、手を引っ張り返す。
少しの間、引っ張り合いになった。
ふいに引っ張られる感覚がなくなって、右手が自由になった。
自由になった自分の手首を見る。
赤黒いマニキュアをした真っ白な手が、小荷田君の右手首を握っていた。
ひゅうっ、と喉が鳴った。
ぷん、と何か鉄っぽい臭いがした。
<あんた、わたしを、あんた>
しゃがれた、女の声がした。
右耳の真横からだった。
頬に何か、湿ったものが触れる。
すうっと、視界が真っ白になった。
その後は覚えていない。
次の日、小荷田君は目覚ましの音で叩き起こされた。
昨夜の出来事を思い出して周囲を見たが、いつもと変わらない。
(夢だったのか)
欠伸をしながら小荷田君は何気なく手首を見た。
うっすらと、爪で引っ掻かれた様な痕が残っていた。
シミの方はまだ背中に残っている。
ただ、文字とそれを撮った携帯の画像データだけは消えてしまったという。
もうシミはこりごりです、と小荷田君は青白い顔で力なく笑った。
LRg
柏木 麻宏 2006年6月3日 17:17
+1
面白いです!バルサンは強力なんですね。
mariman 2006年6月2日 21:08
ぼっこし屋 2006年6月2日 2:13
怪談風都市伝説のテイストだと感じました。
そのうち巷では「お札があるとこでバルサン焚くと、札からお坊さんが出てくるんだってさ」という噂が流れ……るわけないか。
±0
2006年6月1日 16:00
+1
煙は効くのでしょうか。
面白かったです。
久遠平太郎 2006年5月30日 22:12
評価+1。
こういう話は好きです。
和むな〜。
怪異は珍しいし、文章も過不足無く纏まっているので。
杜井 都衣 2006年5月30日 9:54
▲:煙くて煙くて耐えられなかったのでしょうね。
やあいいなぁ。ちょっと日本昔話チックな想像をしてしまいました。
てらまち 2006年5月29日 12:39
お経一文字に坊さん一人というのは解せないが、目新しく面白い話だと感じました。+1。
吉田 2006年5月28日 15:25
良い▲
文字が化けるってのは、非常に面白い現象ですねえ。ラストも工夫の跡が見られ、いい感じです。
もうちょっとシャープに出来るかな、とも思いますが、これでも作者はかなり削ったんですよね、多分。Hさんと隣のおばさんのやりとりの辺りに、その苦心の跡が見受けられました。
藪蔵人 2006年5月27日 23:21
興味深い話でした。
面白かったです。
評点: 1
林不二男 2006年5月25日 0:39
良いなあ。ほっとするような読後感です。
+1
こころママ 2006年5月24日 11:37
なんだか笑っちゃいました。お経が人の姿にかえて「こりゃ、たまらん」って逃げ出す様が目に浮かんで。しかも7人、ぞろぞろぞろぞろ…壮観です。
でも、ご位牌ではなく、お経の書かれたお札が真っ白ということは、ご本尊さまがいなくなってしまったってことですか。マズくないっすかあ?!
と、怪異の面白さのあとで、不吉なうすら寒さも感じられて、実に印象に残る作品でした。 イイです。
ミミちゃん 2006年5月24日 10:02
有澤 凪 2006年5月24日 1:09
お仏壇の中にいるご先祖様が避難したのかと思ったら、お経の文字がお坊さんに姿を変えてだったのですね。もう帰ってきてくれないのでしょうか。+1
sora 2006年5月23日 19:30
文章;■■■□□
怪異;■■■■□
恐怖;□□□□□
評価;■■■□□→±0
仏壇の扉を全開にしたまま殺虫剤をよく噴霧する我が家では、今のところそのような怪異は発生していない。
確かに展開としては面白いのだが、信憑性があってこその「実話」怪談ではないだろうか。
好きな部類の作品だが、プラスマイナス0で。
ponken 2006年5月21日 19:45
えー、バルサンでお経が逃げてしまうんですか?!すごく意外な展開です。このあと、悪いことが起きなければいいですけど・・・。+1で。
brother 2006年5月20日 22:33
(・∀・)イイ!!
+1
もり けんた 2006年5月19日 21:15
うん、ここに来て蓮の花に巡り合いました。b(T-T)
うまくまとまっているしソツなしでプラス1。
ただ唯一、オチが見えちゃった。本日お寺に行ってきたせいかな?(^^)v
TOMOKI 2006年5月18日 16:34
これ面白い怪異ですねwこんなの初めて聞き(読み)ました。
コンパクトなまとめ方もいい。+1
風来月人 2006年5月17日 19:50
うーん、できすぎです。-1です。
田原 誠 2006年5月17日 14:32
話の並び順で得をしている気もしなくはないけれど、不思議な話。 △
ネジ 2006年5月17日 14:10
面白いです!
お札に込められたモノって、バルサンで逃げちゃうんだ・・・知らなかった(笑) +1
ナルミ 2006年5月17日 2:45
小ネタだがなかなか面白かった。
+1
hydrogen 2006年5月17日 2:36
1
坊さん7人は良かったなぁ・・・
隣の人はいい思いしましたね
くりちゃん 2006年5月16日 23:36
申し訳ないことをしてしまいました。
仏壇にも食べ物をお供えするのでバルサンの煙は通した方がいいと思いますが、仏様への事前の根回しがねえ…
短いですがよく整った作品だと思います。○
くりちゃん 2006年5月16日 23:34
これは申し訳ないことをしましたね。
(仏壇の中もお供えを置いたりするので、バルサンの煙を通した方がいいとは思いますが、仏様への事前の根回しがねえ…)
短いですが整った作品だと思います。○
金縛郎 2006年5月16日 22:58
コミカルですが悪くないですね。
箸休め的一品としてはよろしいかと。
甘めで○。
へぼん 2006年5月16日 22:40
ああっなんて罰当たりな!でも○。
お線香の煙や護摩はよくても、バルサンはだめなんですね。