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「昔の、といっても10年くらい前の話なんだけど」 筈見さんは当時フリーターだった。大学は出たもののまだまだバイトで暮らす方が面白く、巷間言われ始めた“フリーター”という言葉に乗ってのほほんと過ごす毎日だった。 しかし親にとっては「困った就職浪人」でしかなく、特に頭の固い父親とは不仲になり、3年以上実家には帰らず電話もしない状態が続いていた。 「色々言われるのがめんどくさくてね」
だがその実家が老朽化し、建て替えの話が出始めたこの数ヶ月は、案外マメに連絡を取り合っていたりする。といっても、手伝いに行くわけではなく、置いていった昔の荷物や服を捨てていいかという確認電話に応えるだけだったが。
そんな中、筈見さんは高校生になる妹・純子さんの引越し荷物を1つを預かる事になった。純子さんが内緒で電話を掛けてきて、「ママやパパには絶対見られたくないもの」を宅配便で送るから預かっていて欲しい、という事だった。 「絶対開けちゃダメだよ! 絶対見ないでね!」
どうせ変な妄想日記か何かだろ、それともヤツも高校生なんだし、男と撮ったエロ写真か何かかな…。 いずれにしても興味は無い。というか筈見さんにはどうでも良い事だったので、宅配便の小さな荷物が届いても、そのまま部屋の隅に放っておいた。
そして数ヶ月、長男としての務めを完全に放棄したまま、筈見さんの実家の建て替えは無事に済み、その数日後、純子さんから電話があった。 「そろそろあの荷物、返してもらっていいよ」 筈見さんとしても早いとこ返してしまいたかったので、この週末に池袋のマックで受け渡す約束をした。 「見てないよね? 絶対ダメなんだからね!」 この期に及んでまだしつこく繰り返す純子さんに、筈見さんは少々カチンときた。中身が何だか知らないが、預けたんならもうちょっと信用しろよ! まぁ信用できるような兄貴じゃないけど…。
一度気になりだすともうダメだった。まぁ信用できるような兄貴じゃないし、と自嘲しながら宅配便の札を剥がし、ガムテープを剥がしにかかる。筈見さんは子供の頃からこういう作業が得意だった。ガムテープは一度剥がすと貼り直しが効かなくなるが、こんなもの、新しいやつを寸分違わず貼り、他人の目をごまかすだけの自信はある。
荷物はダンボール箱の中にもう1つの箱があり、「絶対見ちゃダメ」なものはその中らしかった。 「人は信用しなくちゃ、ねえ」 そう思いながら開けた箱には、何やら怪しげなモノが3つ、プチプチに仕切られて入っていた。
【1】アリナミンの瓶に入った乳歯 たぶん純子のものだろう。自分の時には屋根や床下に放り投げたので、妹の乳歯もそうしてあげようとすると、何故か母親に怒られたっけ。ふーん、集めてたんだ。でも何故?
【2】小動物の頭蓋骨 猫とかその辺の大きさ。下アゴは無い。アメ色になっていて、年代モノのようだ。
【3】竹筒に入った木片 これもかなりの年代モノ。黒ずんだ竹筒に、粗い布でくるまれた小さな物差しのような木片が突っ込まれている。引っ張り出してみると木片には3つの穴が人の目鼻のように開いていた。
3つの内、「頭蓋骨」と「竹筒」は筈見さんに見覚えがあった。幼い頃に祖母の家で見たことがあったのだ。古い家屋を探検中、「入っちゃダメ」な部屋に忍び込んで見た事を、昨日の事のように思い出す。あの時は恐いくらい叱られて大泣きしたっけ。
そういえば祖母は昔、近所の人に頼まれて拝んだりする仕事をしていた、と聞いたことがある。筈見さんが生まれた頃にはもう現役ではなかったようだが、それでも近所の人からは結構な尊敬を集めていたらしい。
でもそんな道具をなぜ妹が? どうして父親や母親にも「絶対見られたくない」んだ? 貰ったものなら実家に置いといて、一緒に持って行けばいいのに…。
そんな事を考えていると、突然強烈な吐き気が筈見さんを襲った。呼吸さえ停まってしまうような嘔吐感。筈見さんは口を押さえ猫背になり、転げるようにしてトイレへ駆け込み、一気に吐いた。
しかしその吐瀉物が、常軌を逸する代物だった。 「信じては貰えないでしょうけど…」 それは「血と魚のゲロ」だった。しかも長細いその魚は、「きぃきぃ」鳴きながら下水へ潜っていってしまったという。
筈見さんは腰が抜けた。白いTシャツは吐いた血で真っ赤だった。このままでは死ぬ。何となくそう思い、這って電話口まで行き、救急車を呼んだ。そして保険証や財布が入れっぱなしになっているカバンをつかみ、玄関に座って待つことにした。ここなら救急車が来てもすぐに出られる。念のためにチェーンと鍵も外しておいた。
どのくらい経った頃だろう。力なく座り込む筈見さんの足元に、見覚えのある猫が現れた。それは彼が子供の頃に実家にいた猫で、筈見さんに特になついていたヤツだった。だがある日突然、行方不明になってしまい、ずいぶん悲しくて泣いたっけ…。 「お前、こんなとこにいたのか。ああ、俺ももう、そっちへ行っちゃうのかなぁ」
そんな事をボーっと考えていると、何処かでサイレンが響き、ドアが大きく叩かれた。 救急隊員は血まみれのTシャツを見て驚き、運ばれるや否や緊急検査が行われた。レントゲンを撮られ胃に管を突っ込まれ、何だかわからないうちに一晩が過ぎた。
翌日。今度は医者が不思議がる番だった。確かに胃は荒れていたが、あれだけの血を吐いたとは思えないというのだ。他にも特に問題らしき所見は認められないという。 一瞬、「きぃきぃ」鳴く魚の話をしようかと思ったが、信じてもらえないだろうし、神経科に回されても面倒なので黙っておいた。
念のためもう1泊するか? 家族に電話して来て貰うか? という医者の言葉を、筈見さんは強く遮った。親に連絡されるということは、部屋に入られるということだ。そこには「開けちゃダメ」な3点セットが出しっ放しになっている。これはまずい。更にエロ本やエロビデオも出しっ放しな状態だ。これはもっとかっこ悪い。 引き止める医者に「大丈夫だから」と強がって見せ、様子見のために一旦帰ると言い、そのままバックレることにした。
週末のマック。3年見ない間に純子さんは可愛いらしい女子高生になっていた。しかし筈見さんにとってはそれどころではない。「しつこく言うから逆に開けてしまった」事を言い、「血と魚のゲロ」を吐いて大変だった事を告げた。 「これ一体何なんだ? 何か知ってるのか? 話せよ!」 問い詰める筈見さんの剣幕に、純子さんは泣き出してしまった。
「まるで冴えないフリーターが女子高生を泣かしてるみたいでしたが」 筈見さんは何とか真相らしきものを聞きだした。純子さんがつっかえつっかえ話したその内容は…。
あの2つは筈見家の女が代々受け継いでいくもの。乳歯はその資格者が子供の頃から取っておくもの。本当は母親が相続すべきだったのだが、「60歳違いは特別」というルールがあり、祖母と60歳違いの純子さんが母を飛び越えて直接引き継いだこと…。
初めて聞く話ばかりだった。筈見さんは頭がクラクラしてきた。 「一旦受け継いだら、他の家族、特に男の人には絶対触らせちゃダメなの」 それをなぜ俺に? 「家に置いといて、引越しの時にパパが間違えて触っちゃったらあたしが怒られるしぃ」俺も男だぞ! 「でもお兄ちゃんはもう家出しちゃってるし、そういうの信じないヒトだから、何となく大丈夫だと思って…」 女子高生の思考回路にはかなわない。
「本当にごめんなさい。でもママには言わないでね。パパにもダメよ!」 結局最後は純子さんのペースに戻り、レッスンバッグに「呪いの3点セット」を入れた彼女は、何事もなかったかのように池袋の雑踏に消えていったという。
「筈見家の男として、親父がこの事を知ってるかどうか聞いてみたい気もしたんですけど」、その時点で一番話したくない親族だったので、聞きそびれているうちに時間が過ぎてしまった。 やがて筈見さん自身の記憶も薄れた。その後何の異常も無いし、現実離れしすぎた体験だったために、時と共に「夢のような感じ」になっていったのだという。しかし…
それから10年。筈見さんは就職し、今や部下を数人持つ身となっている。妹の純子さんも2年前に職場結婚し、幸せな家庭を築いている。 「で、実は去年の春、純子に娘が生まれてね。その時のお袋の喜びようったら異常でさ、旦那の実家を差し置いて、すっかり養育担当さ。純子もそれで良いみたいだし…」
そんな光景を見ていると、ふと忘れたはずの「あの時の事」を思い出すそうである。
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■講評
文章 2 引き込まれる。 稀少度 2 凄いアイテムですね。
なかなか面白い。 フリーター、女子高生といった現代っ子がひそかに伝えるモノの話をしている、その場所はマクドナルド、というちぐはぐさが楽しい。 箱の中身を見てしまった障りの激しいところはさすが怪談。 |
名前: くりちゃん ¦ 21:04, Thursday, Apr 03, 2008 ×
何ともベタな展開なのですが、面白かったです。 文章面に関していえば、多少だらだらした部分もあったりするのですが、怪異の異様さと筈見さんのキャラクターで最後まで引っ張り、マックやアリナミン、レッスンバッグに「呪いの3点セット」など、話に変なリアルさを取り入れて、怖さと馬鹿らしさを共存させたところが面白いと思います。
「代々受け継いでいくもの」であっても、その用途までは全て明かされない、こういう怪しさの出し方が良かったです。
文章1:希少度2
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名前: chidori ¦ 02:57, Friday, Apr 04, 2008 ×
文:+2 怖:+2
一体全体どんな家系なのか、非常に気になりますね。 まだまだ面白い話が聞けそうだし。 |
名前: 晴 ¦ 13:55, Friday, Apr 04, 2008 ×
呪い師でしょうか。 そっちに近い気がします。 代々引き継ぐ呪いのアイテムは… 結構、ひっそりと続いてたりするんですよ。 私はいくつか知っています。 でも、自分家がそうだったら、ビビりますよね。 姪っ子ちゃんも継ぐんだろうか、 至極真っ当な疑問でフリーターのお兄ちゃん はドコへやら? 大人になったのね…。 |
名前: ちゅん ¦ 14:04, Friday, Apr 04, 2008 ×
大変興味深く、面白いお話。 その呪いの三点セットは何に使うのか気になった。 単純に物として引き継いでいるだけとは思えないので、その辺をもっと詳しく取材してほしかった。 男の人が見るというタブーを犯したのにも関わらず、、「血と魚のゲロ」だけで罰が済むのが思ったより軽く感じられてしまった。 もう少しでものすごい話なだけにおしい。 |
名前: 黒ムク ¦ 15:09, Friday, Apr 04, 2008 ×
「見てはいけない物」を見た筈見さんは、その後何ともなかったのだろうか。 そして「見られてしまった」妹さんはどうなんだろう。 色々と想像すると、中々不気味で興味深い。
希少性(2) 文章(0) |
名前: ねこや堂 ¦ 22:42, Friday, Apr 04, 2008 ×
ネタ+3 新ジャンル「妹は拝み屋」・・・萌えないな(^^; 兄のキャラと荷物の中身の異様さ、そして血と魚の吐瀉物。かなりパンチが効いています。 妹さんに女の子が産まれて、例の3点セットはどうするんでしょうね。親としては複雑だろうな。
>「まるで冴えないフリーターが女子高生を泣かしてるみたいでしたが」 見たまんまだろうがっ!(バシッ |
名前: ねこ ¦ 15:14, Saturday, Apr 05, 2008 ×
| 現代的な登場人物やアイテムと、怪異の内容や代々受け継がれた呪物がミスマッチで、かえってそこが面白い。純子さんに直接取材すれば、まだ色々と面白い話が出てきそうである。 |
名前: ナルミ ¦ 00:12, Monday, Apr 07, 2008 ×
| 犬神使い的なものでしょうか?代々受け継がれる儀式を妹さんも実際に執り行っているのでしょうか。呪いはヤメテ。怖いから。 |
名前: 茶毛 ¦ 01:17, Tuesday, Apr 08, 2008 ×
話の面白さ:+2 文章:+0
で、その3点セットを見られてしまったらどうなるのでしょうか? 何事もなかったのでしょうか? 見てしまった人も、見られてしまった保管者も。それを代々伝えている”家”も そのあたりを知りたいところです。
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名前: MM88 ¦ 13:30, Wednesday, Apr 09, 2008 ×
なんかアフリカの呪術師みたいな話。 出来れば血や魚の正体まで取材してほしかった。そして謎の猫も・・・。 2点減点です。 |
名前: くすだまん ¦ 11:37, Sunday, Apr 13, 2008 ×
陰明師の黒田さん、供養を請け負う家系の岡崎さんのお話もそうでしたが、受け継ぐ者が今時の人でも、受け継がれるものは変わらないんだよなあ…と改めて実感。 筈見さん、妹さんのキャラクターに笑いつつ、怖いところはガッツリ怖くて楽しめました。 +1
三点セットもさることながら、最も興味があるのは「きぃきぃ」鳴く魚。どこかで厄災を振り撒いてやしないかとドキドキします。近所だったらイヤだなあ。 +2 |
名前: 眠 ¦ 13:37, Tuesday, Apr 15, 2008 ×
| 血と魚のゲロ 、「きぃきぃ」鳴く魚だけでもう凄く楽しめました。 その魚の形状を詳しく描写して欲しかったです。何とか捕まえて飼育できなかったんでしょうかね。ところで呪いの3点セットは、見られても効力を失うという事はなかったんでしょうか。次は純子さんの娘さんが継ぐのでしょうか。楽しみですね。 |
名前: じゅりんだ ¦ 15:00, Thursday, Apr 17, 2008 ×
非常に興味深く、面白く読めました。 が、結局3点セットは女性が引き継ぐという事が分かっただけで、そこが少し残念かな。 詳しい事までは聞けなかったにせよ、せめてその3点が何を意味するのか少しくらいは知りたかったです。贅沢かな。 絶対触らせたらダメなはずの物の割には、罰も若干軽かった様に感じてしまいました。
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名前: へみ ¦ 16:05, Saturday, Apr 19, 2008 ×
名前: SPダイスケ ¦ 23:01, Sunday, Apr 20, 2008 ×
長い話でしたがとても読みやすく、興味深いものでした。 三点セットについて、男に絶対触られてはいけないということでしたが、あのゲロだけで済んだって事ですかね。 「きぃきぃ」鳴く魚についても、もっと細かく知りたかったかな。 |
名前: こうたろう ¦ 14:55, Tuesday, Apr 22, 2008 ×
魚吐いちゃったんだ。 なんかスゴイ絵ですね…。 これらのアイテムを代々受け継ぎ、一体何にするもんなのでしょう? 呪術師の一族とか…? いや、面白かったと思います。
文章:1 内容:2
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名前: PM ¦ 22:27, Tuesday, Apr 22, 2008 ×
魚もなかなか気持ち悪いけど、呪いの三点セットがとても厭な感じだ。 アリナミンの壜というのが、何故か説得力がある(笑) 希少度 2 文章 1
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名前: じぇいむ ¦ 03:45, Tuesday, Apr 29, 2008 ×
いいですね。 多少「おや?」と思う箇所もありますが、俯瞰的に見て良かったと思います。 なぜアイテムは男の人に見せてはいけないのでしょうね。そそります。 そして、馬鹿馬鹿しい空気の底でひっそりと息づく嫌な感覚。 面白かったです。 |
名前: みくりや かつと ¦ 00:27, Wednesday, Apr 30, 2008 ×
| 凄い話ですね。こういった人達が普通の平凡な一家として暮らしているわけですから、世の中あなどれない。きぃきぃと鳴く魚は西洋の魔物っぽいですね。もしかして、そっち系統の呪術なのかな、と思いました。 |
名前: 久遠 平太郎 ¦ 21:44, Wednesday, Apr 30, 2008 ×
文章・・・2 希少度・・・2
闇の世界を垣間見たような気にさせられる作品でした。 そのような習俗が未だにそっと受け継がれており、しかもちゃんと機能しているというのはとても興味深いことです。今後も続けていって欲しい。
少々軽目の文体が体験者の人柄と重なり、とてもすんなりと読めました。 それに加えて、何世代も前の昔から受け継がれてきたアナクロな儀式とそれを取り巻く現代の背景の不釣合いさも良い効果をあげているように感じます。 |
名前: 鹿太郎 ¦ 22:01, Wednesday, Apr 30, 2008 ×
| 神器ならぬ三種の呪器ですか。その魚は「使い魔」だったのでしょうか。でももういませんよね? 禍々しい出来事が軽い調子の文章で書かれているのが、かえってリアルで怖いです。 |
名前: ひ ¦ 22:22, Wednesday, Apr 30, 2008 ×
書き方はライトだが、内容がヘビーすぎる。 呪具の禍々しさと、それに端を発する怪異が整合しながらも、肝心の部分が不透明なまま終わってしまう不可解さが良い。 ラストの記述といい、いい意味で後味が悪い話である。 |
名前: 磯昆布 ¦ 23:59, Wednesday, Apr 30, 2008 ×
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