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きっかけ
 江藤君は大学時代、やたらと怪異に苛まれた。
 何度経験しても慣れないものなのだそうだ。
 いくつか体験談を聞くうち、気になったのでそのきっかけを訊ねてみた。
「キッカケ…なのかどうかは分からないんですけど…」


 京都の私立大学に入学して1年目。その初夏に、江藤君は初めて怪異に遭遇したという。

 とある休日。時間は昼間、午後三時前くらいだ。
 その日は所属するサークルの集まりがあり、江藤君は先輩から譲ってもらった原付バイクで、両脇に民家の建ち並ぶ片道二車線の国道を走っていた。

 この国道を走ると、途中、1km以上もある長いトンネルを通る事になる。
 このトンネル、交通量の多さに関わらず、実は非常に有名な心霊スポットなのだという。
 以前からそれを耳にしていた江藤君は、普段はここを避けて少し遠回りになる別の道を使うのだが、出発に手間取ってしまい、集合時間に間に合わせるためには止むを得ず、この国道を選ぶ事になった。
 まあ、自分の周りにも車はたくさん走っている。これに混ざっていれば別に怖くは無い。まだ明るい内だし、そんなに心配する事もないだろう。
 …高を括っていた。
 
 トンネルの入り口が見え始めた頃。
 江藤君はその少し手前、国道の左手に建つ一軒の民家が視界に入った際に、奇妙な違和感を覚えた。
 50m程先に、木造建てで少し古めではあるが、人は住んでいそうな民家がある。
 この民家は国道よりも少し高い位置にあり、家の入り口から国道沿いの歩道までに五段ほどの小さな階段があった。
 そこに何やら水色のものが見える。
 この水色が、何か周りの風景に馴染んでいないような…そんな風に感じる。
 不思議に思いながらチラチラと見ていたのだが、その民家の手前まで来ると、違和感の正体が明らかになった。
 
 その階段部分に、一人の老婆が杖を前について座り込んでいる。
 両手を杖の柄に乗せ、空でも眺めているのだろうか、首は上を向いている。
 白くなった髪の毛を後頭部で束ね、ずいぶんと痩せ細っているのだが、どことなく気品を感じる。
 先ほどから見えていた水色は、彼女が着ているワンピースのものだったようだ。
 どこにでもいそうな老婆…なのだが、明らかに身体が透けて見えた。
(これは…!)
 咄嗟に目を逸らし、見なかったふりをして通り過ぎる。
 その後すぐに、バックミラーで様子を窺ったのだが、ミラー越しに映るその階段には誰もいなかった。

 変なものを見てしまった…。
 初めて見る奇怪なものに、恐怖と困惑の入り混じったような嫌な感じを持ったまま、江藤君はトンネルに入った。

 トンネルをしばらく走った頃。
 江藤君は周囲の様子がおかしい事に気が付いた。
 自分のバイクの前後に車が全くいない。いや、正確には前方遠くに車の影が見えるのだが、それ以外、周りには一台も見当たらない。
 トンネルに入るまで、自分の周りには何台か、確かに車が走っていたはずなのに。
 対向車線を見ても、向こうからやってくる車は一台もなかった。
 何故か、自分だけがぽつんと置き去りにされたかのような感覚。
 先程の老婆の件もあり、ずっと嫌な感じが拭いきれない江藤君は、不安になってきょろきょろと周囲を見回し始めた。

 前方を見る。
 …遠くに車が走っているのが見える。200m程先だろうか。
 バイクの両側を横目で見る。
 …左はトンネルの壁。右は対向車線。やはり車は一台もない。
 バックミラーを見る。
 …特になにもない。天井に備え付けられたオレンジの照明が後ろへ流れる、トンネル内の景色が映っているだけだ。
 なんだ、何もないじゃないか。
(たまたま…気のせいやんな…)
 安心して顔を前に向け、なんとなく視線を少し落した時。
(……っ!!)
 …いた。
 いや、バイクの前ではない。
 ハンドルの前部分に取り付けられた丸いヘッドライトの背面。ハンドルを持つ両手の中間、その下辺りに位置する。
 ハンドル越しに見えるこのヘッドライトは銀メッキで覆われており、ピカピカに磨かれたその部分は湾曲しているものの、まるで鏡のようだ。
 そこに映り込む自分の姿。
 その真後ろに、先ほどの老婆がいた。
 飛び掛るかのような格好だ。江藤君の頭の後ろにその足が見える。老婆は飛んでいるらしい。
 柄の部分がT字型になる杖を右手に持っている。
 手足をバタつかせ、解かれた白髪をバサバサと振り乱し、目を見開き鬼のような形相を浮かべて追ってきている。トンネルに入る前に見た気品は感じられない。そしてやはり、その身体は透けていた。
 それを見ただけでパニックになった江藤君は、怖くて後ろを振り向く事は出来なかった。チラリとバックミラーに目をやるが老婆は見えない。位置的に映らないのだろう。
 前方とヘッドライトの銀メッキ、視線を交互に上下させながら走る。
 すると空飛ぶ老婆が、江藤君の頭に向けて、右手に持つ杖をぐいぐいと伸ばしているのが見えた。
 江藤君のかぶるジェット型ヘルメットの後頭部でコツコツと小さな音が鳴る。杖の柄で引っ掛けようとしてスカしているようだ。
 柄の部分はそんなに大きなものではない。両手で握れば隠れてしまう程度のものだ。ヘルメットの縁部分でない限り、引っ掛かりはしないだろう。
 だが、江藤君の恐怖を加速させるには、それだけで十分だった。杖を避けるため、咄嗟に少し頭を前に移す。
 業を煮やしたのか、突然、老婆が杖を振り上げた。
(ひっ!?)
 思わず身をすくめた江藤君だったが、それが幸いしてか、杖は頭の後ろを空振りしたようだ。 
 なんとか引き離せないものかと速度を上げる。
 一瞬、老婆の姿が銀メッキから消えた。…が、すぐに姿を現す。
 老婆が再び杖をぐいぐいと伸ばし始める。
(捕まったら…死ぬ!!)
 江藤君も必死の形相でハンドルを握っていた。

 老婆に追われたまま走り続ける事、十数秒。
 前方にトンネルの出口が見えてきた。
(トンネルを抜ければ…!)
 前を見ながらそう思った瞬間、ヘルメットの右側面からガキンという音が響いた。
 銀メッキに目をやると、杖の柄がヘルメットに引っ掛からず、後ろに滑っていくのが見えた。どうやら老婆の杖がヘルメットに当たった音らしい。
 衝撃は何かが当たったという程度でさほど大きなものではないのだが、音が異常に大きい。耳がキーンとする程である。何かとても硬い金属同士がぶつかり合うかのような音だ。
 だが今はその音の異常さを気にかける余裕はない。江藤君は必死で出口に向かってバイクを走らせ続ける。
 老婆が再び杖を振り上げた。
(ヤバイッ!!)
 その瞬間、光が全身を包み込む。
 …江藤君は長いトンネルを抜けた。
 
 老婆が消えた。
 ヘッドライトの銀メッキに映るのは自分だけだ。
 周りを見回してみても、老婆の姿は見当たらなかった。
(逃げ切った…)
 と安心した矢先、前方に停車する車が迫り、慌ててブレーキをかけた。
 
 渋滞だろうか?
 停車する車の列が出来ていた。江藤君もその後ろに付き、停車する。と同時に、後ろから何台か車が続いて停車した。さっきまで近くには一台も見当たらなかったのに…?
 車の列の隙間から前方を見てみると、交通整理が行われているのが見えた。どうやら片側二車線の内、左側の車線で何かあったようだ。
 前の車が流れるのを待ちながら、江藤君は心と身体を落ち着かせる。
 トンネルからなるべく離れたいのだが、身体の震えが止まらない。このまま走り続けるのも危険かもしれない。
 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
 平常心が戻ってきた頃、やっと江藤君も前に進む事が出来た。
 
 交通整理に従って右側の車線を進むと、この渋滞の原因が明らかになった。
 どうやら車同士の衝突事故があったらしい。後ろからぶつかったのか、二台の車が縦に並んで重なるようにして停車していた。
 事故車両の横を過ぎる。
 二台の車は、前方後方とそれぞれひしゃげてはいるが、死人が出たような様子はなかった。
 その側で運転手と思われる二人と警官が事故の処理をしているのが見える。
 そしてその周りに野次馬の人だかり。
 野次馬に混じって水色のワンピースが見えた。
(……えっ!!)
 さっきの老婆がいる。
 腰の曲がった身体を杖で支えて立っている。
 トンネルに入る前に見たような落ち着いた様子だ。
 もし笑えば優しそうな顔立ちなのだが、表情はない。
 じっと事故車両に細い目を向けている。
 そしてやはり、ここでもその身体は透けていた。
 すぐに視線を逸らし、事故現場の脇を抜けると、江藤君は慌てて逃げ出した。


「あの後ね、集合場所に着いてヘルメット外したら、右耳の部分に付いてた紐がポロって取れたんですよ。で、よく見たら付け根の部分が潰されてて…」
 仲間内でも同じような体験をした者はおらず、結局、何故こんな目にあったのかは分からず仕舞いだそうだ。
 だがこれをきっかけに、以降しばらく、江藤君は怪異と付き合うはめになったという。





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■講評

文:+2 怖:+2

こ、これは怖い。
手に汗握りました。

名前: 晴 ¦ 18:06, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


文章 2
読ませる!
稀少度 2
逃げ切ることが出来てよかった〜。

これは恐ろしい。
よく転ばずに走れたものだ。
これまで「江藤」君の怪談話は複数あったが、きっかけがこれでは後のも凄いはずだ。

名前: くりちゃん ¦ 20:07, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


ネタ+1
最後の方の事故、被害者が霊の老婆と思いきや。
チェイスの鬼気迫る感じは伝わってくるのですが、文章が長くて読み疲れてしまいました。
また、文の前後に書かれた、江藤さんが見える人であることを強調するくだりは逆効果に感じました。

名前: ねこ ¦ 21:23, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


銀メッキ部分の具体的な大きさが分からないので少しイメージがつかみにくい所もありましたが、最初から最後まで良く書き込まれていると思いました。
江藤君シリーズはどれも佳作揃いですね。
老婆の攻撃シーンは、エンヤ婆とJガイルを想像しながら読みました。

文章1:希少度1


名前: chidori ¦ 21:30, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


筆力があるんだよな、この人。
だから引き込ませるし、描写が細かいから臨場感もある。
ただ、なまじ書く力があるだけに長文になり易い。
筆力を保ったまま、もっとコンパクトにまとめられるように出来ると凄いんじゃないかなぁ。
いや、正直羨ましいけど。笑

希少性(1) 文章(1)

名前: ねこや堂 ¦ 01:18, Wednesday, Apr 02, 2008 ×


江藤君、生きて帰ってこれて良かったね。
バイクと文章のスピード感がいいです。
江藤君シリーズ、もっと続けてください。

名前: ちゅん ¦ 21:11, Thursday, Apr 03, 2008 ×


怪異は怖いし、描写もていねいで臨場感があった。
ただちょっと長すぎて、読み疲れてしまった。もう少し短くてもよかったと思う。

名前: ナルミ ¦ 20:33, Friday, Apr 04, 2008 ×


私としてはどうしてもこの長文が受け入れられません。細かな描写は場合によりけりで、ここまで必要だとは思えません。 長文にするまでの怪異とも思えないんですが。 ごめんなさい、読み疲れてしまった分も含めてこの点数で。

名前: 茶毛 ¦ 23:42, Sunday, Apr 06, 2008 ×


文章が長いので読むのに疲れる。
丁寧なのは伝わるのですが・・・・
ごめんなさい。

名前: 黒ムク ¦ 14:42, Wednesday, Apr 09, 2008 ×


 始めはささやかに、そして中盤の疾走感はハラハラ、ドキドキ!文句なしに4点です。

名前: くすだまん ¦ 19:19, Wednesday, Apr 09, 2008 ×


長めですがトンネルの中での攻防(!)がハラハラドキドキものでした。
トンネルを走っている時の、騒音とその反響と気圧で耳が聞こえにくくなっている中での、しかも自分でバイクを運転している緊張の中での怪異がありありと思い浮かびました。

謎の水色の服の老婆。しかも杖を所持!
何者なのでしょうか。
先回りして(!)事故現場にいた事といい、そのあたりでの事故はその老婆の仕業なのでしょうか。



名前: MM88 ¦ 22:46, Thursday, Apr 10, 2008 ×


バイクに疎いので、どのように映っているのかうまく想像できませんでした^^;
丸いライトの裏側がメッキ仕上げで鏡のようだというのは理解できるのですが、曲面にどれくらいの大きさで自分が映るのか、さらに後ろにいる老婆がここまで鮮明に見えるものなのか、うーん…どうしても搭乗者とミラーの距離感がつかめないのですorz

なので江藤君目線で味わうことはできませんでしたが、第三者目線でも十分に疾走感楽しむことができました。横から見ている感じかなw +1

入り口で獲物を物色、そして襲撃。失敗したけど別の事故を見て満足げ、ヘタしたらこれも老婆の仕業? おっそろしい婆さんだ;
江藤君、しょっぱなからハードな経験してたんですねえ… +2

たまに表現が回りくどいので、もう少し削ってもらえると読みやすいです。 -1
「交通整理に従って右側の車線を進むと、この渋滞の原因が明らかになった。衝突事故があったらしい。後ろからぶつかったのか、〜」は、交通整理もすでに書かれているので「追突事故があったらしく、〜」だけで十分ではないかと。

名前: 眠 ¦ 00:11, Friday, Apr 11, 2008 ×


どのような状況で老婆とチェイスしていたのかが、うまく読み取れませんでした。
良くかけているのですが、長いのがちょっと疲れたかなあ。あと、ちょっと展開が読めてしまったかも。恐ろしい執念の老婆ですね。

名前: じゅりんだ ¦ 13:10, Wednesday, Apr 16, 2008 ×


描写は丁寧でわかりやすいです。
ですが個人的には、トンネルの前で老婆を見る、トンネル内で老婆が飛びながら追ってくる、トンネルを抜けてさらに老婆がいるという展開にあまり面白味を感じませんでした。
起こっている現象は怖いはずなのですが、インパクトにかけるというか。
逆に短い文章でまとめたほうがインパクトもあったかと思います。

名前: へみ ¦ 23:20, Thursday, Apr 17, 2008 ×


丁寧に書かれていると思いますが ちょっと長すぎるかな。
もう少しコンパクトにまとめた方がよかったかも・・です

名前: SPダイスケ ¦ 23:00, Saturday, Apr 19, 2008 ×


身構えないと一息にも読めない長文ですね。
勢いはあると思うのですが、少しくどい表現もあったのでもう少しまとめられるかとは思います。
しかし…初体験で命のやりとりするような怪異は嫌ですね…。
嫌〜な感じの怖い話だとは思います。

文章:1 内容:2

名前: PM ¦ 21:28, Monday, Apr 21, 2008 ×


 長文なのだが、老婆との死闘が詳しく描写されているので減点には出来なかったです。
 よくそんなものに追いかけられて事故に遭わなかったですね。とにかく、よかったです。

名前: こうたろう ¦ 17:26, Tuesday, Apr 22, 2008 ×


空飛ぶ老婆との息詰まる戦い……。いや、コワ面白かったです。
希少度 2 文章 2

名前: じぇいむ ¦ 17:46, Wednesday, Apr 23, 2008 ×


文章・・・2
希少度・・・2

長いが無駄は感じませんでした。
飛んで襲い掛かってくる老婆との攻防というと、なんだかホラー映画っぽくて一歩間違えると白けてしまいそうなんですが、細かい心理描写と状況説明が成されており、またその分量も的確で、そのためホラー特有の作り物っぽさは感じませんでした。
ネタと書き方がうまく噛み合ったという感じです。

名前: 鹿太郎 ¦ 03:51, Tuesday, Apr 29, 2008 ×


事故車の横に居たのは予想通りですが、老婆と江藤君の攻防部分には手に汗握りました。
上品そうに見えても霊に油断は禁物なんですね。

名前: 久遠 平太郎 ¦ 00:05, Wednesday, Apr 30, 2008 ×


ハラハラどきどきして読みました。すごいですね、臨場感が。

名前: ひ ¦ 11:27, Wednesday, Apr 30, 2008 ×


古くは鬼婆からはじまって、100キロババア、ジャンピングババアなどババアにも色々ありますが、フライングババアが出た!
ババアの霊って何でやたら怖いんでしょうね。なぜか速いし。
理不尽に襲いかかってくるところも怖いですね。
やはり読みやすくて長文を感じさせず、描写もうまいです。
これは面白い!

名前: 昼間寝子 ¦ 18:07, Wednesday, Apr 30, 2008 ×



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