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投影
 江藤君は大学生時代、何度か奇妙な怪異に遭遇しているという。
 何か聞かせてもらえないものかと昼食に誘うと、快く承知してくれた。
「何から話しましょうかねぇ…」
 江藤君は目の前の魚定食に箸を付けると、声のトーンを少し落として話し始めた。
「じゃあ食事時なんで、軽めのをひとつ…」


 江藤君は京都のとある私立大学へ通っていた。
 入学してから二回目の夏休みも半ばを過ぎた頃の事だ。
 長い休みで毎日遊び呆けていたためか、この頃、江藤君の昼夜は一転していた。
 
 そんなある日の真夜中。時間は午前二時前くらいだっただろうか。
 江藤君は夜食を買うため、最寄のコンビニへ原付バイクを走らせていた。

 江藤君の住むアパート周辺は寺や神社ばかりで、買い物をするにはどこへ行くにも少し離れた大通りまで出なければならなかった。
 大通りまでは、街灯も少なく、車一台通るのがやっとな程、暗く細い路地を走る事になる。
 この路地を走っていると、途中、左手に30m四方程の小さな神社が見えてくる。
 その神社の隣に、縦長の空き地があった。
 道路に面するその横幅は10m弱程か。奥行きは神社と同じくらいだ。その奥には林が見える。
 地面が見えない程、全体的に雑草が生い茂り、その高さも人の腰辺りまで伸びている。見るからに踏み入る者はいない、といった様子だ。
 これが民家や神社が集まる地域にぽつんと存在しているものだから、妙に場違いなように思い、いつもなんとなしには気にしていた。

 普段からいつも通る道だ。行きは何事もなく通り過ぎ、コンビニに到着した。
 コンビニで買い物を済ませ、来た道を引き返す。
 大通りから再び細い路地に入り、バイクの速度を落とした。

 帰り道では、この空き地が右手に見える。
 こちら側から見ると、これらを隠すような高い建物がなく、また、手前で道がわずかに左に曲がっている事もあり、空き地が割と遠くから視界に入るのである。
 その空き地が前方に見えてきた時、江藤君はいつもの見慣れた様子とは違う事に気付いた。

 空き地の少し入ったところに何か建物のような影が見える。そして、その中央部分から光が漏れているようだ。
 不思議に思った江藤君は、それを凝視しながらさらに速度を落とし、ゆっくりとバイクを進めた。

 少し近付くと、全体は暗くてあまりよく見えないのだが、どうやら平屋である事が分かった。
 空き地の横幅をいっぱいいっぱい使い、草むらのど真ん中にドンと建てられた平屋。ハッキリとは分からないが、見える部分から察するに造りは古そうである。入り口は何故かここからは見当たらない。
 先ほどから見えていた光はどうやら、この平屋の中央にある窓から障子越しに漏れる部屋の明かりらしい。
(…家なんて…ここ、なかったよな…?)
 不気味に思いながら目を逸らせないでいると、その光も蛍光灯のような安定したものではなく、ゆらゆらと…まるで蝋燭の火のような揺らめきがある事が分かった。
 しかし、蝋燭の火にしては大きく、明るすぎる。まるで室内で焚き火でもしているかのような明るさだが、火事のように部屋の中が燃えている感じでもなかった。

 バイクが進み、平屋の前まで来たところで、前方の確認をするために一瞬、窓から目を逸らした。
 そして再度、平屋の窓に視線を戻した時、江藤君はハッと息を呑んだ。

 窓の障子に映りこむ二つの人影。さっきまで何も映っていなかったのに。光源が足元にあるためだろうか、その影は江藤君の身体の倍程の大きさに映りこんでいたのだが…。
 その右側の影が、左側の影の首を両手で絞め付けているのだ。
 首を絞めている右側の影の腕は太く、体格はガッシリとした感じだ。おそらく男だろう。
 もう一方の左側の影は、相手と比べると一回り小さい。身体の細さと頭の後ろに結われた長い髪の毛から、こちらは女なのだろう。
 女の影は、その首にかかる太い腕に両手を引っ掛け抵抗をしているようだが、相手はまるで意に介していないようだった。
 少しずつ男の腕に力が加えられ、女の身体が徐々に後ろに押されているようである。それにあわせて女の両手が男の腕から離れ、肘を曲げたまま身体の横へと開かれていっているようだ。
 江藤君が呆然と見詰める中、男の首を絞める力が強くなったのか、女の身体がガクンと大きく仰け反った。
 男が首を絞めたまま、仰け反った女に乗りかかるような体勢になる。
 それと同時に、女の身体がガクガクと大きく震え始めた。
 映りこむ影でしか見えないとは言え、目の前の凶行に恐怖を覚えた江藤君は、慌ててバイクのアクセルをしぼり、その場を逃げ去った。

 夜が明けてその日の夕方。
 朝になってから何とか一睡して落ち着いた江藤君は、あの時見た光景が忘れられず、もう一度、空き地へと向かっていた。
(…やっぱりなんかの事件とかがあって、現場検証とかしてたら証言した方がいいよな…)
 そう思い、バイクを走らせていた。
 
 ところが、空き地に到着してみると、あの平屋が見当たらない。
 いつもの雑草生い茂る空き地だ。
 周りを見回しても、何か事件が起こったという様子もない。
 薄気味悪さを感じた江藤君は、それ以上調べる事もなく、そそくさと帰路に着いた。


 この後、江藤君が大学を卒業して引っ越すまでの間、この空き地の前を通る事は幾度となくあったのだが、例の平屋を見たのはこれっきりだったという。
 結局あの時の出来事が何だったのか、分からず仕舞いだそうだ。
「いやー、でも夢って事はないと思いますよ。あの時コンビニで買ってきた弁当、朝まで手付かずで置いてありましたし。」
 江藤君は締めの味噌汁をすすり終えると、そう言って語り終えた。






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■講評

文章 1
読ませる。
稀少度 2
引き込まれる。

神社と空き地の説明がちと長い。
目撃したモノの描写の部分はなかなか面白い。引き込まれる。なのにこの場面に至るまでの部分が長い。
最後の一節はない方が謎めいていてよかった。これがあるがため「学生さん、暇なんだからこの土地の来歴を調べればよかったのに」と思ってしまった。



名前: くりちゃん ¦ 15:38, Sunday, Mar 30, 2008 ×


奇妙な怪異で、なかなか面白かった。(影だけが見えたにしては状況が詳しくわかりすぎか、とは思ったが)
前置きの「じゃあ食事時なんで、軽めのをひとつ…」までと、締めの「この後、江藤君が大学を卒業して引っ越すまでの間」以降は、ない方が効果的だったと思う。

名前: ナルミ ¦ 21:08, Sunday, Mar 30, 2008 ×


ネタ+2
道を間違えたようでもなさそうですね。
室内の風景というのは案外見えにくいものなのですが、シルエットとしてはっきり詳細が見えた、という事は、それは「見えた」のではなく「見せられた」んだと思います。
その土地が記憶している凶行の残滓なのか、それとも狐狸の類なのか。

名前: ねこ ¦ 21:42, Sunday, Mar 30, 2008 ×


これはこの土地の記憶だろうか。
ここで何があったのか、見せたかったのかも知れない。

希少性(1) 文章(0)

名前: ねこや堂 ¦ 22:48, Sunday, Mar 30, 2008 ×


軽めと言いつつも、なかなか読ませる内容でした。

文章0:希少度1

名前: chidori ¦ 23:17, Sunday, Mar 30, 2008 ×


文:+1 怖:+2

描写にいらない部分はあると思いますが、惹きこまれました。
陰だけで記憶を追体験とか。
あるはずのない平屋とか。
全然軽くありません〜。

名前: 晴 ¦ 12:52, Monday, Mar 31, 2008 ×


前半少し丹念に書きすぎる部分もありますが、
それが後半の怪異になだれ込んだ時に活きてくるのでOKでしょう。
土地が持つ因縁を感じさせる話です。

名前: 撃墜王の孤独 ¦ 14:08, Monday, Mar 31, 2008 ×


影だけで見た物だとしても、魅せられる。
軽め、と言いつつ当時の江藤君のビビりは十分伝わるので他に恐ろしい体験もあるのだろうと期待させられると同時に、そういった物に今は慣れてしまっていると思わせ、話に信憑性が出ている。

名前: ちゅん ¦ 15:17, Thursday, Apr 03, 2008 ×


 バイクを止めたというなら話は分かりますが、ただ通り過ぎただけで、其処迄、怪異が確認できたとは、到底思えません。
 コメント、採点を控えます。

名前: くすだまん ¦ 14:32, Saturday, Apr 05, 2008 ×


軽めの話のはずが、長いお話になってしまいました。影としての怪異(記憶)をメインにするのであれば、ここまでの長文は必要なかったかと。

名前: 茶毛 ¦ 14:58, Sunday, Apr 06, 2008 ×


いや軽くない軽くない。

お寺・神社が多いのなら、昔から代々住んでいらっしゃる方が多いはず。その土地で過去に起きた忌々しい出来事が現在も伝えられていて、そこには誰も住みたがらないんだろうなーと。江藤君はその出来事の再現を見たんでしょうね。 +1

女性が事切れるまでの様子が詳しくかかれて、影絵が浮かび上がります。 +2
ただ、低速とはいえスクーターで走行しながらここまで全部見られるものかしらという疑問も。空き地の横幅は十メートルしかないし;

前半は場所の説明が長く感じられたので、帰路から始めてそこに盛り込めば良かったのではないかと思います。読点の多さも気になりました。 -1
後半はスラスラ読めました。

名前: 眠 ¦ 22:04, Tuesday, Apr 08, 2008 ×


やはり土地の記憶というやつでしょうか。
平屋の構造と、窓の大きさがよく分からないのが難といえば難ですが、何やら禍々しいことが起こっていたことは伝わってきます。
希少度 1 文章 1

名前: じぇいむ ¦ 14:20, Friday, Apr 11, 2008 ×


起こった現象は珍しく、影の描写も詳しくていいと思うのですが、いくら低速とはいえバイクに乗りながら見たと言われると、やや疑問を持ってしまいます。
実際バイクを運転していると数秒以上の余所見ってできないものですよ。
できればバイクを止めて見て欲しかったです。
危ないですしね。本人だけでなく回りの人も。

名前: へみ ¦ 07:22, Sunday, Apr 13, 2008 ×


その土地であった凶事か。
しかし道路と家の窓との間がどれくらいあるのかよくわからず、またすぐ近くであっても、障子ごしにそんなにはっきりと見えるのだろうか、と思えた。
文章はもう少し整理して短めにしたほうがよかったと思う。

名前: MM88 ¦ 14:25, Sunday, Apr 13, 2008 ×


影絵で見る事件の情景って、まるでアニメみたいで面白いですね。
昔そこに本当に平屋が立っていて、その時起こった事の残留思念みたいなものが残ってたのでしょうかね。

名前: じゅりんだ ¦ 17:31, Tuesday, Apr 15, 2008 ×


いったいそこでなにがあったのでしょうね。
軽くないし・・・
是非調べていただきたいところです。

名前: 黒ムク ¦ 21:03, Thursday, Apr 17, 2008 ×


もう少し短くまとめても良かったかとも思いました。
全然軽めじゃないっす(笑)

名前: SPダイスケ ¦ 22:06, Friday, Apr 18, 2008 ×


ちょっと説明し過ぎな部分はありますが、興味深い話だったと思います。
やはりこれは、「見た」のではなく「見せられた」ものなのでしょうか?
江藤君には調べてもらいたいところですね。

文章:1 内容:1

名前: PM ¦ 10:36, Sunday, Apr 20, 2008 ×


文章・・・1
希少度・・・1

とても細かい描写が続いており、少々やりすぎのような気がしないでもないのですが、体験者である江藤くんがどういった光景を見たのかはよく理解出来ました。
ただ見たものだけの描写に終始しており、江藤くんがそれをどう感じ、どういう思いで見つめていたのかはあまり伝わってきませんでした。
ここまで細かく丁寧に情景を描き、相手に読ませる文章力があるのなら、体験者の気持ちも一緒に表現してもらいたかったと思います。

名前: 鹿太郎 ¦ 02:45, Thursday, Apr 24, 2008 ×


かつて殺人事件のあった家が建っていたのでしょうか。その空き地には。影とはいえ、殺人の描写が実にリアルでこちらも息が苦しくなりました。

名前: ひ ¦ 14:24, Monday, Apr 28, 2008 ×


 軽い話であれば、もう少し文章を削った方がよかったかもしれませんね。
 ですが、話には引き込まれるものがあります。
 土地の記憶か、あるいは事件の当事者たちの念でもあったのでしょうかね。

名前: こうたろう ¦ 21:50, Monday, Apr 28, 2008 ×


その土地で過去に起こった凶事を幻視したという事でしょうか。非常に詳細な描写で状況は伝わって来ました。ただ、わき見運転は危険なので止めた方がいいですよ(笑

名前: 久遠 平太郎 ¦ 19:17, Tuesday, Apr 29, 2008 ×


殺人の描写がリアル。
ただそれ以外は少し説明的過ぎるかも知れません。
これで軽めとは、今後の江藤怪談に期待大。

名前: 昼間寝子 ¦ 15:06, Wednesday, Apr 30, 2008 ×



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