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消えてくれ!
 風見さんは学生時代、木造で枯れた佇まいの、かなりのボロアパートに住んでいた。
 隙間風や往来からの喧噪が部屋を通り抜けるのは当たり前で、風見さんもその事は全く気にしていなかった。
 問題は、隣室に住む鋤柄という学生だった。

 夜遅く、隣からけたたましいギターの音が鳴り響き、寝ることができない。
 堪りかねた風見さんが怒鳴り込みに行くと、鋤柄はやせた青白い顔をロングヘアーの合間から覗かせ、風見さんに謝るのだが、三日もするとまた、下手なフォークソングが隣室から押し寄せてくる。
 次に風見さんは大家に苦情を申し入れると、その夜、鋤柄の年老いたご両親が風見さんの元に訪れ、何度も何度も頭を下げていった。
 それでも二・三日後にはワンマンショーが再開された。
 鋤柄のご両親は件のアパートから徒歩一分ほどの近距離に住んでおり、風見さんが通学・買い物などで出かけると、時折商店街で遭遇することがあった。
 息子がまだ迷惑かけてますでしょうか? と、二回り以上も年長の老夫婦に言われては、風見さんも適当にお茶を濁さざるを得なかった。

 ある日、ひどく疲れた風見さんは、家に帰ると風呂にも入らず、私服のまま万年床に寝転んだ。
 泥のような眠りが彼を包み込もうとした時、隣室からの騒音がその至福の瞬間を追いやった。
 疲れと怒りで、風見さんの腑は激しく煮えくりかえっていた。
 が、暴力沙汰は自分が損するだけだと解っていた彼は、替わりに目をつぶり、心の中で叫んだ。

 あんなやつ、消えてくれ!

『消してやろうか』

 重い声が響いた。
 驚いた風見さんが目を開けると、布団の横に誰かが立っている。
 腰布のみをまとった、引き締まった体はブロンズのように黒光りしている。鬼瓦のように厳めしい顔は、風見さんを見据えている。
 そしてその姿からは、言いようのない威圧感があった。子供に対する大人、どころではない、レベルの違いを思い知らされる存在感。
 それは、風見さんの答えを待っている。
 選択を誤れば、自分が危ない。

 …消してくれ。あいつを。
 声に出さず、そう願った。
 その思いが伝わったのか、それが笑ったように見えた。
 そして、風見さんを一瞥すると、壁の向こう…鋤柄の部屋へ消えた。
 完全に姿が消えた瞬間、隣室から絶叫が響いた。
 それが何を意味するのか、風見さんには確認する勇気はなかった。

 翌日、大学の行きと帰りにそれとなく隣室の様子を伺ったが、その佇まいは以前と変わるところはなかった。
 が、その夜は、今まで味わったことのないほどの静かな夜となった。
 その意味を考えると、風見さんは体の底が凍えるようで、眠ることが出来なかった。

 二日目、大学から帰ってきた彼を、大家と警察官が呼び止めた。
 用件は、鋤柄の消息の確認だった。
 鋤柄の両親が彼の元を訪れ、彼の不在に気づき、警察に通報したのだと言う。
 鋤柄の部屋は鍵がかかった状態で、飲みかけのコーヒーや靴や財布が残されたままだったらしい。
 風見さんは、わかりません、と答えるほかなかった。

 鋤柄の部屋はしばらくそのままの状態だった。
 その後も、駅前通りでご両親と会うことがあったが、陰鬱な顔で会釈され、風見さんは胸を詰まらせた。



 あの夜から約一ヶ月後。
 大学から帰ると、アパートの前に軽トラックが停車しており、どこかから荷物を荷台に運び込んでいた。
 自室の前まで来ると、隣室の前に立って荷出しの様子を見ている大家に声をかけられた。
「風見さん、近々この部屋に新しい人が入るから、ちょっと賑やかになるかもしれないけど、仲良くしてあげてくださいね」
 大家の表情は晴れやかだった。その横を、鋤柄の私物を担いだ業者が通り過ぎていく。
「え、でもその荷物…」
「ああ、かなり前に住んでた住人が置いていったみたいでね。今の今まで気づかなかったよ。便利屋さんに処分してもらうんだ」
 大家はあっけらかんとしている。
「ちょっとまってください。鋤柄は見つかったんですか?」
「鋤柄? 風見さん、誰ですかそれ?」
「大家さん、本気ですか?」
「風見さんこそどうしたんですか。この部屋はあなたが入る前から空室でしたよ。もしかして、大学でそういうの流行ってるんですか?」
 呆然とする風見さんの目の前を、フォークギターを持った業者が通り過ぎていった。

 その日の夕方、風見さんは鋤柄のご両親の家を訪ねた。
 信じてもらえなくても、殺されてもいい、すべてを話す覚悟をしていた。
 玄関先に現れた鋤柄の母親の表情からは、数日前までの陰が消えていた。
「あの…どちらさまでしょうか?」
「え…あの、鋤柄君の隣室の、風見ですけど…」
「風見さん、ですか…すいませんが、思い出せないねぇ」
 鋤柄の母親は、風見さんの事を忘れていた。
「あの、僕のことはいいんです。鋤柄君…息子さんの事でお話が」
「人違いじゃありませんか? うちに息子はいませんよ」
 彼女は困惑と不審の入り交じった視線を、風見さんに向けていた。
 その様子に何も言えなくなり、風見さんは退散した。

 部屋に帰り、万年床に寝転びながら、風見さんはこれまでの出来事を整理していた。
 その目の前に、再びそれは現れた。

『これが、消す、と言う事だ』

 そう告げると、それは消えた。

 その後、風見さんの前にそれ…鬼が現れることはなかった。





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■講評

文:+1 怖:+2

よく出来たお話を読んでいるようでした。
長文も気にならなく、ぐいぐいと引き込まれるのですが、
やはりどことなく作り物めいた感じに−1、すみません。
それでも圧倒的に恐ろしい。
存在自体を消されてしまうとは。

名前: 晴 ¦ 13:06, Thursday, Mar 20, 2008 ×


文章 1
読みやすい。
稀少度 1
都市伝説を読んでいるような感じがする。

一気に存在を消してしまうのではなくて、一旦行方不明という形にして、というのがまどろっこしい。「鍬柄」君の両親が警察に捜索願を出したようなのに、その後の記憶はスッパリ消えて、息子さえいなかった、という展開の仕方には複雑なものを感じる。が、怪異というのは何でもアリなので、こういう展開もあるのでしょう。
「鬼」の描写が曖昧。

名前: くりちゃん ¦ 14:17, Thursday, Mar 20, 2008 ×


うーん・・・話はかなりすごいと思いましたが、あまりにもすごくて、創作のように見えてしまったのが正直な感想です。作風的にデスノートに見えてしまうというか。
「鋤柄さんは消された」がために既にこの世には何の証拠も残っていないので、どうにも調べようがない、という事なのでしょうけども・・・。

それでも、消した張本人は、罪の意識を与えるために風見さんの意識にだけは鋤柄さんの記憶を残しておいたというのが、後味の悪さを与えていると思いました。

文章0:希少度2

名前: chidori ¦ 14:32, Thursday, Mar 20, 2008 ×


前半はかなりよかったのですが、実は隣には誰もいなかったという展開に無理を感じた。
警察に届け出たりといった、現実的な部分からの急展開についていけなかった気がする。
鬼の詳しい描写があったほうがその辺をフォローできた気がした。
怪異の中心である「鬼」よりほかの事に目が行き過ぎたのでは。
書き方次第ではもっといいものになると思う。

名前: 黒ムク ¦ 15:11, Thursday, Mar 20, 2008 ×


ネタ+3
これは評価が分かれそうな話です。
某都市伝説の人じゃないけど、「信じるか信じないかは、あなた次第」みたいな。
ただ、真実とするなら、考えれば考えるほど怖い。知らない間に「消されている人」もいるかもしれないと思うと((((;゜Д゜))))カ゛クカ゛クフ゛ルフ゛ル
文章の所々に表現の迷いみたいなものを感じました。それだけこの手の話は扱いが難しいのかもしれませんが、書き方によって真実みを増すことも出来ると思いますので、頑張ってください。

名前: ねこ ¦ 15:14, Thursday, Mar 20, 2008 ×


 依頼者の記憶は消えないんですね。
 なんだか民話か創作怪談を読んでいるような気分。
 巧みに騙されているような気がしますが、消されいるんだから調査は無理。
 その鬼のようなものの、角はなかったんですかね?鬼だと断定しているのが気になりましたが減点にはしません。だって正体不明のほうが怖いし、そうとしか言いようがない存在だから。
 悪魔とも違うようだし。
 うーむ!怖い!消されないように気をつけよう。

名前: くすだまん ¦ 17:04, Thursday, Mar 20, 2008 ×


確かに凄い話ではあるのだが、よくできすぎていて創作臭さを感じさせるのが残念。ラストで「鬼」がもう一度出てきて一言言うところなど、特にそれを感じた。

名前: ナルミ ¦ 17:19, Thursday, Mar 20, 2008 ×


凄い話だが、出来過ぎな感が強い。
最後の鬼の出現と言葉は無い方が、読者に後味の悪い不気味さを感じさせて終われたのではないか。
それだけではなく、文章の所々に違和感を覚えた。

希少性・文章(0)

名前: ねこや堂 ¦ 22:31, Thursday, Mar 20, 2008 ×


文章・・・1
希少度・・・2

これはなんというか・・・。
他の方と同じく私も創作っぽいと思ってしまいました。
とにかく話のスケールがでかい上に、創作小説のネタとしては面白いって感じなので。
しかしここに応募された作品である以上は実話なわけで、我々講評者もそのことを大前提に講評せねばなりません。

ということで、とても貴重な体験談と言わざるをえません。
そういう風に人の存在そのものを消してくれる鬼があちこち巡回しているということなんでしょうか。

この話の場合、どんな書き方をしても創作っぽいと思われるのは避けられないでしょう。
文章についてはところどころ細かい引っ掛かりがない訳ではないですが、概ねきちんと書けていると思います。全体の構成も適当です。
それにしても大変なネタを採集されましたね。

名前: 鹿太郎 ¦ 02:29, Sunday, Mar 30, 2008 ×


大変興味をそそられるお話でした。
この、鬼のような変化ははたして何者なのか?それのひと言に尽きるお話であるといえます。
ただ、このお話の唯一のネックとも思えてしまうのは「うまく纏め過ぎ」という部分かも知れません。きれいに落とし過ぎてしまって、かえってそれが仇になってしまっているような感じ(創作臭という意味ではありません)を受けてしまったのは素直に述べておく事にします。
ラストにはほんのちょっぴり現実味を残しておく、という味付けがあった方がよかったのではと個人的に思いました。

名前: みくりや かつと ¦ 21:08, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


鋤柄さんは実は元から居なかった…くらいのオチだと思っていたら、とんでもないところまで発展しました。
消してくれと願った風見さんの中にだけ残るなんて、なんとも重い結末です。簡単に「○ね」とか口に出すのはやめようと思いました; +2

世の中にはきっと、まだまだすごいお話がある。私にはまだそれらを正面から受け止める度量がないようです。
こういうブッ飛んだお話を待っていた!と思いながらどんどん読み進めていきましたが、ブッ飛びすぎてると尻込みしちゃいますね^^;
正直、終盤ではポカーンとしてしまいましたorz

名前: 眠 ¦ 01:34, Wednesday, Apr 02, 2008 ×


そんな簡単に人一人の存在が消えてしまうなんて。我が子の記憶までも消えてしまうなんて。
この話をされたのは贖罪の意味もあるのかしら?
怖いだけでなくて、なんだか思う処が色々あるお話ですね。

名前: ちゅん ¦ 10:42, Wednesday, Apr 02, 2008 ×


鬼が鋤柄君の存在を消して、風見君以外の人物全ての人の記憶をも消し去ったということですよね。
もちろん実話が前提なのでもの凄い事だとは思います。
しかしやや矛盾を感じる点もあります。
鋤柄君のギターは残っていたんですよね。
本来鬼さんは、それすら消さなければならなかったのでは?
ギターが残れば、鋤柄君のその他の遺留品も残ったと考えるのが自然です。
子供の頃の写真、実家に置いてある鋤柄君のもの等です。
殺されてもいいとまで思って訪れた実家で、その様な証拠を親に頼んで見せてもらい、納得するまで検証すればよかったのではないでしょうか。
殺される程の覚悟があれば、話を持ちかける位はできるでしょう。
実話であるのはもちろん受け入れますが、ここまで凄い話ですと心霊現象に興味を持つ人間の一人として、さらなる検証を頼みたくなってしまいます。

名前: へみ ¦ 02:24, Friday, Apr 04, 2008 ×


予想外の展開に読み入りました。
創作かどうかという声が多数ありますが、このネタを書くのであればやはりどこかで創作の雰囲気が出るのではと。
私は全ての作品を実話怪談として捉えてますので、この作品については作者の苦労を労います。

名前: 茶毛 ¦ 22:58, Friday, Apr 04, 2008 ×


これは関係者の記憶が消えても、戸籍その他実在していた証拠が全て消え去らない限り、やはりどこかで鋤柄さんの存在は証明されてしまうということと、もしも大規模にそれら全てが抹消されているとすると、辻褄合わせのためのタイムパラドックス的な現象が逆に起きてしまうのではないかとの疑念を持った。
ただ、証言者がいて、こういうことがあったと話している内容が作品通りであるのなら仕方のないことである。
個人的には「ありえねー」話ほど証言者がたくさんいたりするのを知っているので希少度加点2ですが、やはりもう少し無理を感じさせない書き方があったかもしれないと思えるので、書き方をマイナスして配点1とします。すみません。

名前: じぇいむ ¦ 20:51, Saturday, Apr 05, 2008 ×


その人の存在を消し去られしまう…似たようなお話を読んだことがあります。もちろんシチュエーションは全然違いますが…。前半の隣人や展開の不気味さは伝わってくるのですが、後半の消えてしまってからの事が妙にあっけなく思えてしまいました。 それと読んでしてちょっと長いかなあと。
信じがたいけれど現実に起こっているのですから不思議なお話ですね。

名前: じゅりんだ ¦ 02:34, Tuesday, Apr 08, 2008 ×


凄い話だとは思います。
しかし。
一時は大家さんも両親も"いなくなった"として警察に届けまで出しているのに、もうしばらくもするとまるで覚えていない?
そのあたりがなんだか気にかかります。
警察に届けた捜索願(?)はどうなったのだろうか。
消えてしまった隣人の友人知人親戚その他、みな記憶が消えてしまったのだろうか。


名前: MM88 ¦ 17:14, Friday, Apr 11, 2008 ×


これ、すごい話ですね…。
ちょっとすごすぎるのと、この手の話が創作物でよくあることから、ちょっとその信憑性が怪しく感じます…。

てか、人を消した代償はないんでしょうか…?
そもそも、荷物撤去する時、何か保険証とかそういうのは見つからなかったんでしょうかね?
それらも含めて、「消す」もんなのでしょうか…?

文章:1 内容:1

名前: PM ¦ 21:10, Monday, Apr 14, 2008 ×


ええっ 本当? と思わず言ってしまうほどの壮大な怪異ですね。記憶を消された人々の数が尋常じゃないですもの。ただ、文章がところどころ小説臭く感じてしまうのが難点かもしれません。私にはちょっと手に負えない。

名前: ひ ¦ 14:23, Wednesday, Apr 16, 2008 ×


すごい話です。
風見さん以外の人の記憶が全て消えているってことですよね。

名前: SPダイスケ ¦ 22:54, Thursday, Apr 17, 2008 ×


恐怖+1 稀少性+2
いや、圧倒されました。
これだけスケールが大きいと随分強烈ですね。
もう少し突っ込んで調査して欲しかったですな。
個人的には、最後の一節は無い方が不気味さが出て良いかと。

名前: 有線 ¦ 00:18, Sunday, Apr 20, 2008 ×


 なんだか……すごすぎる話の気がします。
 それだけしか言えませんね。
 一体何故風見さんの部屋に鬼が現れたんでしょうね?
 こんな大きな事をした鬼が、風見さんから何も持っていかなかったのが気になるような。

名前: こうたろう ¦ 21:48, Saturday, Apr 26, 2008 ×


失踪だけなら怪談にはよくある結末だが、存在していた記憶が関係者から消え去っている話はあまり聞かない。
ただ、引っ掛かる点がある。鋤柄が住んでいた部屋である。
単に記憶から消えただけであれば、鋤柄が家賃を振り込んでいたり契約を更新した直近の記録が帳簿に残されているはずだろうし、どこに誰が入居しているかという帳簿もあるはずである。だとするならば、大家の「この部屋はあなたが入る前から空室でしたよ」との齟齬が生じることになる。新しい入居者に部屋を貸すときにしても、記憶だけで空室の有無の確認をしたというのだろうか。
ネタとしては高い水準なのだが、上記の点が気になったので評点はゼロとさせて頂く。

名前: 磯昆布 ¦ 23:13, Saturday, Apr 26, 2008 ×


いきなり鬼が出てきて「存在を消す」という展開には唐突を通り越してやはり無理を感じてしまう。(実話なんだからしょうがない、と言われればそれまでですが…)ネタ的にも“人間消失”というのは、私の判断の範疇を超えていました。


名前: 久遠 平太郎 ¦ 10:31, Sunday, Apr 27, 2008 ×


・・・・・・。
全部記憶から消されてしまったんですね。
確かに創作っぽい感じはありますが、例えば、居なくなった鋤柄君の荷物から身元を示すものが全部なくなっていたとか、警察にも捜査資料が残っていなかったとか、そういうのがわかれば信憑性が高まったんでしょうが。
私もギターやるんですが(楽器持ち込み禁止のアパートで、しかもエレキ)、気をつけないと。
しかし、それだけのことをしたわけですから、鬼から何か要求されるかも知れませんよ。

名前: 昼間寝子 ¦ 01:20, Wednesday, Apr 30, 2008 ×



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