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社護(やしろまもり)
恵美さんが、ご主人と奈良県に旅行に行った時の事。

神社仏閣や伝統行事に目の無い彼女の目当ては、興福寺の薪能。
乗り気薄そうなご主人を連れ出して、宿泊先から電車で興福寺のある近鉄奈良駅に向かったが、慣れない路線という事で、予定より少々早く辿り着いてしまった。
薪能の開演は六時。まだ充分に余裕があった。
時間を潰そうという事で、恵美さんは春日大社に行くことを提案した。
理由は、春日大社があの有名な藤原氏の氏神であり、彼女は、その藤原一族の末裔に当たるからである。
この機会を逃せばまたいつ来られるのか判らないと提案すると、その手の事情に疎いご主人は「別に構わない」と二つ返事でOKした。
だが、興福寺前から五百メートルほど歩いて、大社の参道に入り、二の鳥居を潜ったあたりから少し様子が変わった。
春日大社は、本殿に辿り着くまでに、長い参道を歩くことになる。一の鳥居からしばらく歩いて、二の鳥居を潜り、そこからしばらくして、ようやく本殿に辿り着く。
その二の鳥居の周辺の森に、多くの人外の気配を感じたのだという。
人外の気配と言うと表現は曖昧なのだが、あちこちの木々の間で、大勢の人の気配がする、だが、そちらを見ても誰もいない。
そんな感覚がしきりに付いて回った。
恵美さんはその血筋のせいなのか、多少霊感のようなものを持ち合わせている。
ただ、ご主人はそういうものとは縁遠く、そんな話題に触れても噛み合わないので、あまり突っ込んで話をしたことも無い。
そのご主人の表情も緊張でガチガチになっている。
「ここ、何かいないか?」
 珍しくご主人の方からそんな事を言って来た。
「うん、何だろう?ものすごく一杯いる。周りをぐるっと囲まれてる感じ。歴史のある神社だから、神様がいるのかもね」
「神様じゃないよ。これは『妖怪』っていう感じだよ」
ご主人が、そんな言葉を口にするのは珍しいなと、恵美さんは思った。
時刻は夕方に差し掛かり、参道からこちらに歩いてくる人は大勢いたが、この時間から本殿に参拝しようとする人間は少ないらしく、本殿に向かっているのは彼女とご主人の二人だけだ。
このあたりから、参道を進む足取りに、妙な重みが加わってきたという。
一歩一歩を踏み出すたびに、肩や膝にずっしりと重みが圧し掛かる。自然と足取りが鈍くなり、そのうち日が傾き掛けて、あたりには黄昏の群青が立ち込め始めた。
「なあ、お前、ここ有名な神社なんだろ?どうなってんだよ、これ?」
普段は楽天家のご主人も、参道の醸し出す雰囲気に呑まれて声が震えている。
とはいえ、彼女にも何が起こっているのか、まったく理解出来ない。
闇の色が濃くなって行くにつれて、あの人外の密度はどんどん大きくなっていく。
薄暗い参道には、すでに恵美さんとご主人の二人しか姿が無い。
だが、二人の背後の闇からは、物凄い数の気配が付いて来る。

ザワザワ。
ザワザワ。

恵美さんはそれまで、神社と言うのは、清められて清浄な場所だと思っていた。
それなのに、背後から迫ってくるこの気味の悪いものは何なのか。
怖くて背後を振り向けない。
それはご主人も同じ様子で、堅い表情を崩さず、必死になって参道を歩いている。
すると。
着到殿の少し手前の参道の真ん中に、誰かが立っていた。
一人の老人だった。
白い狩衣に白い袴。
烏帽子姿。
神職の格好をしている。
だが、その皺だらけの表情が、物凄く怖い。
両眼がぎらりと吊り上がり、こちらを威嚇するような厳しい表情。

(何をしに、ここへ来た?)

そのように、諌められた気分になった。
思わず立ち竦むと、白い狩衣の神職の姿は、ふわりと消えてしまった。
「どうした?」
ご主人が声を掛けて来た。
「いま、そこに人が…」
言い掛けて恵美さんは言葉を呑み込んだ。
彼には見えていなかったのが伝わったからだ。
だが、あの威嚇するような厳しい眼差しは一体何だったのだろうと。
そこで気が付いた。
全身を覆っていた、あのずっしりとした重みが消えていたのである。
ご主人に探りを入れると、「そう言えばそうだな…」と首を傾げた。

取り敢えず本殿にお参りを済ませたが、すっかり真っ暗になっているあの参道を戻るのは、いささか気が引けた。
「どうする?」
「どうするって言ってもなあ」
仕方なく、参道をもう一度歩き始めたのだが、また、ご主人が首を傾げた。
「さっきと違うな」
言われて気付いた。
まったく怖くないし、何の気配もしない。
物抜けの殻、という感じだった。
そのまま歩いていると、すぐに一の鳥居が見えて来たという。

彼女はこの奇妙な経験を、神事に詳しい友人に話してみた。
すると、このような回答が来た。
鳥居を潜るというのは、一種の禊で結界の役割を果たしており、邪気や禍神はそこから先に入れないのだという。
春日大社ほどの神社だから、その力は大変強く、その日訪れた参拝者に憑いていたものが、そこで剥がされて、二の鳥居付近の森の中を彷徨っていたのではないかと。
そんな時に、恵美さんらがやって来たので、ご祭神の力に縋りたいそれらの禍者たちは、藤原の血筋(藤原氏はもともと天皇家の神官であった)で鳥居の結界の影響を受けづらい彼女に憑依して境内の中に入り込もうとしたところを、大社の眷属である神霊に追い返されたのでは、と言うのである。

「私が何を率いて歩いていたのかと考えると、とてつもなく怖くなります」
もしも、ああいう怖いものが本殿に入り込んでしまった場合、社は一体どうなってしまうんでしょうと、恵美さんは最後にそう付け加えた。




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■講評

分量はちょっと長く感じましたが、事象と最後の回答も合わせて、素直で丁寧に書かれているところに好感が持てました。
起こった出来事についておかしな脚色をしたり、語り手の中途半端な解釈をいれたりせずに書かれているのが、文章全体に信憑性をもたらしているように思います。

語り手の意見や主観がはさみこまれたり、最後の一文で全体のバランスが崩れたりする投稿作品も多い中で、この作品は語り手の役目を外れることなく、得られた話に対してきちんと裏手に回る謙虚な姿勢が見られました。

文章1:希少度1

名前: chidori ¦ 13:11, Thursday, Mar 20, 2008 ×


文:0 怖:0

全体的に疑問だらけ。
夜の神社は雰囲気が違うという事はありますが、
夕方、それくらいの時間だったらまだ春日には
人がいるはずだし、そこから既に怪異に巻き込まれて
いた可能性もありますけど。
やはり、なんとなくもやっとしたものが残ります。

名前: 晴 ¦ 13:13, Thursday, Mar 20, 2008 ×


文章 1
導入部が長い。
稀少度 1
霊感のない人にも感じ取れたというのは怖い。

が、これほどの怖い体験の理由付けと納得の元になったのが「神事に詳しい友人」(=プロではない人のようだ)の「〜〜では?」という推測なので、そこが弱いかな。

名前: くりちゃん ¦ 13:33, Thursday, Mar 20, 2008 ×


ネタ+2
神仏に関するこういう話は興味深いです。
この手の話は表現が難しく、信じてもらえない傾向があるのですが、あまり聞けない話なのでどんどん投稿していただきたいところです。

名前: ねこ ¦ 15:05, Thursday, Mar 20, 2008 ×


こういった話はなかなか発表することに勇気がいります。
説得力もあり、怖くはないのですが、ありがたいお話なので^^

名前: 黒ムク ¦ 15:22, Thursday, Mar 20, 2008 ×


前半の気配を感じる部分の描写が長すぎる。もっと削ってコンパクトにした方がよい。
ラストの「神事に詳しい友人」の解説も、その回答からすれば「どんな神社でも日常的に起きていること」のはずであり、一回きりの怪異の説明としては説得力が薄い。

名前: ナルミ ¦ 17:01, Thursday, Mar 20, 2008 ×


「人外」という言い方は、せっかくのエピソードが途端に胡散臭くなってしまう。
文中で「大勢の人の気配」と説明しているのだから、その後は「人外」ではなく、「気配」で十分意味は通じる。
ネタは良いだけに大変に惜しい。

それにしても、逢魔が時に神社に行くなんぞ、なんちう怖い事を。汗
昼間と違って、夜の神社はそういうモノが集まって来るというのに。

希少性(1) 文章(0)

名前: ねこや堂 ¦ 21:35, Thursday, Mar 20, 2008 ×


文章・・・2
希少度・・・1

長い文章も気にならず、すんなりと読めました。
神社や神様がらみの話というのは面白いと思います。

ただ、最後の締めの部分。
「もしも、ああいう怖いものが本殿に入り込んでしまった場合、社は一体どうなってしまうんでしょうと、恵美さんは最後にそう付け加えた。」
とありますが、それこそ神事に詳しい友人に聞けと突っ込んでしまいました。
何か他の終わり方にしてもらいたかった。

名前: 鹿太郎 ¦ 02:00, Sunday, Mar 30, 2008 ×


この春日大社の二の鳥居付近に、一体何が漂っていたのか、二人の後ろから入り込もうとしていたものが何者なのかは、非常に興味をそそられるところです。
そして、神社と言う場所には、昼と夜の顔があるとよく言われるのですが、この体験者さまの体験はまさにそれではないかと思わされます。
寺社がらみのお話なので、決して万人向けとは思いませんが、聖域の果たしている役割の一端を示したよい事例ではないかと思われます。

名前: みくりや かつと ¦ 20:38, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


単純に好き嫌いで言うと、神様が何かを追っ払ってくれたというようなお話は好みではないですごめんなさい。
神事に詳しい友人による解説も、「要は神様が何かを(ry」としか受け止められずorz ±0

日頃は何ともないご主人でも感じとれるくらい濃い気配というのは凄そうです。
その重苦しい雰囲気がよく出ていると思いました。 +1

神様:そんなモン連れてこっち来んな
人外:ヒイィ!(逃
…といった感じでしょうか。陳腐な発想でごめんなさい; +1

名前: 眠 ¦ 23:41, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


神社と言えば清浄な場所、とは必ずしも限りません。遠くからでも不気味に澱んだ空気を放つ神社もたくさんあります。日本人はそういうモノと上手く付き合ってきたと感じます。
ので、個人的に好みです。
神社・仏閣苦手ですけど(笑)。

名前: ちゅん ¦ 10:29, Wednesday, Apr 02, 2008 ×


興味深い話ですね。
神社について深く考えた事など今までなかったので、なるほどと思わされました。
子供の頃、学校の遠足などで鳥居がある所に行くと、私は鳥居はくぐれないと言う人が何人かいたのを思い出しました。

名前: へみ ¦ 01:52, Friday, Apr 04, 2008 ×


大作の割に怪異的な部分は気配と謎の人。
神聖な雰囲気を出す為にはラストの想像の話は不必要かと。

名前: 茶毛 ¦ 22:41, Friday, Apr 04, 2008 ×


「ザワザワ。
ザワザワ。」
流行ってるんですかね。この擬音はいらないと思います。
また、参道の真ん中に老人が立っているところですが、恵美さんはこの場合かなり遠くから老人を発見できたはずで、それまでにご主人と会話などなかったのでしょうか。
それと藤原の血筋は鳥居の結界の影響を受けづらいという理屈が、どうしても腑に落ちません。
しかしまあ、最後まで読ませてくれた文章力は評価します。


名前: じぇいむ ¦ 00:53, Saturday, Apr 05, 2008 ×


物語の背景や裏づけがされており、きっちり取材をされて書いている事が伝わりました。
とても良く出来た作品だと思います。結界の影響を受け辛い理由というのは、そういうことなのかあ?とイマイチよくわからないながらも思いました。

名前: じゅりんだ ¦ 01:10, Tuesday, Apr 08, 2008 ×


 とても巧みな文章で、長さを感じさせません。大変面白く拝読させていただきました。

名前: くすだまん ¦ 12:49, Sunday, Apr 13, 2008 ×


ちょっと長く感じ取れましたが、わりとさくさく読めました。
神社でも禍々しい怪異が起こるもんなんですね。
細かく説明もされているので、ちょっと勉強になりました。

文章:1 内容:1

名前: PM ¦ 20:55, Monday, Apr 14, 2008 ×


長いですが、説明が丁寧でわかりやすく状況がよく理解できました。ただ、人外には括弧を付けた方がいいかもしれません。霊感のないご主人まで感じるようなケタはずれの妖気ってどれぐらいすごいのでしょう。

名前: ひ ¦ 14:48, Wednesday, Apr 16, 2008 ×


気のせい、と言われればそれまでの話に思えます。

名前: MM88 ¦ 18:38, Wednesday, Apr 16, 2008 ×


丁寧に書かれていてよいと思います。
が、怪異としては弱い気がしました。

名前: SPダイスケ ¦ 23:03, Thursday, Apr 17, 2008 ×


恐怖+1
神霊系の話は出来すぎな位に舞台が整いますね。
そこが怖い部分でもありますが。
これは少しインパクトに欠ける感がありました。
そつなくまとまっているだけに残念です。

名前: 有線 ¦ 23:21, Saturday, Apr 19, 2008 ×


 丁寧な描写でしたが、その反面、わかりづらいところも少しありましたね。
 藤原氏の血筋がどうこうという説明もなんだか腑に落ちなかったです。

名前: こうたろう ¦ 21:35, Saturday, Apr 26, 2008 ×


鳥居とは聖と俗を分かつ境界ですからね。それに黄昏時は既に魔の時間帯でもありますから、こんな事もあるかと。
神仏譚としては個人的に非常に興味深く読ませて頂きました。

名前: 久遠 平太郎 ¦ 09:44, Sunday, Apr 27, 2008 ×


霊感のないご主人にもわかるってすごい数の霊がついてきてたんでしょうね。
私の霊感の強い弟が、神社仏閣に行くとすっきりするというんですが、やはり神聖な場所なんですね。

名前: 昼間寝子 ¦ 00:45, Wednesday, Apr 30, 2008 ×



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