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| 【コラム】小説書いたりしてますか? 書きたいですか? 小説と実話怪談の違うところってどこでしょう? |
超-1出身者のお三方に一筆書いてもらおうというコラム。 第五回のテーマは「小説書いたりしてますか? 書きたいですか? 小説と実話怪談の違うところってどこでしょう?」というもの。
実話怪談も小説も「状況を文章で説明する」という点は同じです。 ただ、実話怪談は踏み込みすぎると小説風になってしまい、小説風に仕上げすぎると今度は信憑性が低くなってしまい、かといって描写を排しすぎると読み物としては今ひとつになってしまい……。このさじ加減は難しいところです。 また、「いつかは小説!」という野望の第一歩として、「手っ取り早くデビューできそうなとこ!」を狙おうという人もいるのかも。
今回は到着順&「より小説っぽい」と言われてる順に行ってみたいと思います。
雨宮淳司 雨宮イアンです。 小説書いたりしてますか? 書きたいですか? 小説と実話怪談の違うところってどこでしょう?……ということについてですね。
小説は若い頃書いてましたねえ。完結したものなんて2〜3編くらいかなあ。 みんなそうなんでしょうけど、10枚くらい書いて飽きて棄てるの繰り返しでした。 完成した奴も、結局自分で読んで面白くなかったので、捨てたり行方不明になってもう原稿も残ってないです。 で、社会人になってからは暇がなくって、パッタリですね。 20年以上書いてなくて、また何かそういう文章を綴り始めたのは、ホント、超‐1からです。 だから現在は全然小説は書いてないですね。
書きたいかと言われると、いろいろと長年の妄想が頭の中に溜まっているので吐き出したいような気はします。 ただ、小説の方法論というか書き方は全然修行していないので、ヘンなものになっちゃうとは思いますが。 ……いや、別に書くと言っているわけではないです。理由は以下に続きます。
で、実話怪談と小説との違いについてですが、実話怪談の場合、話そのものはもう決まっていますよね。 それを著者がどんな風に見せてもそれは話を解体して再構成しない限り、実話怪談なんだろうと思うんですよね。 だから、「こっちの角度から」「こんな風に」「こういう間合いで見せたら」「きっと怖さが伝わるんじゃないかな」などと考えて書いております。 私の作風というか、長ったらしいアレはそこらへんの試行錯誤の結果です。 自分で怖いと思えるスタイルをいろいろと考えた挙げ句、結局ああいったものになりました。 なんとなく小説風にも見えるでしょうが、著者の頭の中でやっている作業というのは、そんな風で小説とはちょっと違います。
小説というのは、大元の話を捻り出すわけですが、これが大変難しいわけです。 私の頭の中に溜まっているのは妄想であって、話の核ではないわけです。この違いがなかなか超えられない壁なんですね。 ダラダラと妄想を並べてあるだけの小説というのは面白くないわけで、これが私の若い頃に書いていた奴ですね。 でも面白い小説というのは、素晴らしい構成がある。何か大事な話の核がある。 これが出来ないんですよね。 じゃあ、出来たら書くのかと言われたら、そりゃ書くでしょうけど、現状はムリだろうなと思います。 実話にも創作を越えた何か「話の核」がある話が、たまにありますよね。 当面はそういうのを探して廻ろうと思います。 ……ああ、思い出したけど怪談ばっかり書いていたので、急に甘々の恋愛小説なんぞ書きたい衝動に駆られた時がありました。 いや、筋も何も浮かばないんですけどね。 え? 主人公は冴えない中年男以外設定されないんだろうって? (…………そっと目頭を押さえる)
松村進吉 お疲れさまです。松村進吉です。 今日は、ポジティブな話をします。
僕は昔から、絵を描くのが好きです。実家には中学生の頃の作であろうと思しき、ショッパいファンタジー風オリジナルキャラクターがぞろぞろ並ぶスケッチブックが、何冊もあります。デッサンのデの字もございません。何故か全員、判でついたように右斜め横ばかり向いております。今あらためて見返しますと何て云うかその、正直、気味が悪い。もう捨てたい。いや捨てます。明日捨てます。
僕のそれらの絵は云うまでもなく、非常に自慰的なものです。 当時、たとえば気のいいクラスメイト達に披露し、若干引き攣った愛想笑いを頂戴することはありましても、己が描き、己が眺めることで既に本来的な意義は獲得済みであり、第三者による評価と云うのはさほど重要には感じておりませんでした。 これは、僕と云う人間が、自慰をする人間であると云う証左に他なりません。
さて、僕は、実話怪談が大好きです。 それは勿論、怪異そのものに尋常ならざる執着を抱いているからでもあります。 実話怪談本愛読と体験談収集、どちらが先行したものかは、僕にもわかりません。 いずれにせよ大好きであるから実話怪談を読み、また、己自身執筆するようにもなったわけで、つまり「読みたいから書いている」のだと云えます。
端的に申しまして、僕は、自分の書いた話が大好きなのであります。 ああ、その時起こった怪異とはこんなのであったろうな、酷いな、たまらないことだなとハァハァしながら、自分の話を何度も何度も読み返します。 即ち、自家発電しておるのであります。正直きしょい。
これが意味するところは、僕の創作活動は自己の満足のために行っている側面が大であるとの見方が可能だと云うことです。 なので僕が時々、愛好するネットゲームを題材にした小説をブログに書いたりしているのも無理からぬことでありましょうが、この件には深くは触れない方が僕のためかと思いますので、詳細は不詳であります。 また最近は、連日連夜中世末期ごろの西洋都市に想いをはせ、屎尿の染み付いた石畳の街路に這い蹲る食い詰めた傭兵の姿ですとか、辺境伯のチリチリパーマの脳天に五寸釘を根元まで打ち込むことになる男の境遇ですとかを断片的に、衝動的に書きとめてはいるものの、最終的にコレがナニになるものやらマッタク見当もつきません。
ともあれ僕は、(仕事の面は度外視して)実話怪談も小説も貴重な愉しみ、代え難い自家発電なのだと告白させて頂きたい次第です。 書くのって、ホント、楽しいですよね。大好き。
ご精読ありがとうございました。それでは、また。
久田樹生 久田っす。
実話怪談と小説の違いというのは大きいようです。 「実話ホラーと小説は書き方が全く違う」って平山(夢明)さんも仰ってましたし。なるほどぉ、と。 技法や技術はさておき、根本部分の違いが大きいんですよね。 それぞれ本質が全く異なったものですから。 ここでは〈書く側から見た違い〉について書きましょう。
個人的見解で大まかな分類をすると
●小説=クリエイト(創造) ●実話怪談=エディット(編集)
ではないかなと。 体験談を整理・編集したのが実話怪談かと。 聞かせていただいた話から変更するのは、体験者のプライバシーに触れてしまう部分くらいのものですし。 あくまでも〈大事な部分〉は弄らないのが原則。 これに関してはクリエイターとエディターの違いを想像していただけると、なんとなくわかり易いかもしれません。
ということを踏まえると、実話怪談を書いているときの私は、〈(狭義の)ライターでエディター〉なのでしょう。 作家だなんて間違っても書けません。
他「怖さの質」に関する違いなどもありますが、長くなりそうなのでまたの機会に致しましょう。
おっと、忘れていました。 小説は書いたことないです。 おまけに小説作法など毛の先ほども知らぬわけですが。 だいたい、作文論文大嫌いでしたから。 未だ文章を書くの、苦手っす。 でも書かせていただけるチャンスがあれば、書いちゃうんだろうなぁ、と思います。うわ他人事。 小説処女ですが来るものは拒まず。日々是勉強。何事も経験。 そのときはどうやって書けばいいか、加藤さんに聞こうっと。 もちろん実話怪談のお仕事も承っております。
ちょっとまてぃ。 その前に実力をちゃんと身につけましょう。 ただでさえ才能皆無なんだから。 コラムを書いている他のお二人の爪の垢を煎じて飲め、自分。
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by 超-1実行委員会 ¦ 10:29, Thursday, Mar 13, 2008 ¦ 固定リンク
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