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温泉ホテル
 増谷くんは前に行った事のある「北海道バス周遊ツアー」がとても楽しかったので、似たようなコースを回るバスツアーを探し、GWに彼女と一緒に参加することにした。
羽田空港から北海道の女満別空港に到着して、そこからバスに乗り換え、三泊四日で北海道の主だった観光地をハシゴするという強行軍のツアーである。
過密なスケジュールとはいえ、名所のほとんどを押さえているので、結構楽しい。
宿泊先も、最初の一、二泊目は特に問題無し。
ところが、夕方近くに辿り着いた最終日の温泉ホテルは、奇妙であった。
温泉街のど真ん中と、立地的には悪くない。ツアーバスを降りてロビーに入った時にはそれなりに趣のある風情にも見えた。
ところが、部屋の鍵を渡された時点で、少し変な感じがした。
市販の南京錠のような、ちゃちなものなのである。
しかも添乗員に指示されて向かった部屋のある旧館は、まるで会社の寮か研修所を想像させるような作りであった。
木目がプリントされた合板のドアに、プラスチックのパネルで部屋番が記されている。中に入ると屋根は低く、妙に古臭い。窓も狭くて折角の眺望が台無しであり、ドアスコープはなく、ロックはノブの真ん中にボタンという簡単なもの。
「ハズレたな」
そうボヤきながらも、オプショナルで予約していたナイトスポット・ツアーの予定があった彼らは、部屋に荷物を置くと、再びロビーに取って返した。
参加者は、ツアー人数の三分の一ほど。
地元の名産品を買い求め、ライトアップされた建物などの夜景を楽しみ、バス駐車場で解散すると、すでにホテルは玄関ロビーの照明が落とされていて、暗い。
「え?」
もちろん非常灯程度は点いているのだが、フロントに人の姿も無い。
彼らだけでなく、他のツアー客も明らかに動揺している様子だ。
時計を見ると、まだ午後九時。
温泉街の中心地にしては、少し気が早い。
それだけではない。
ホテルに併設されているバーや居酒屋、お土産売り場までがすべて閉店している。
夕方到着した時には、確かに営業していたのだが。
エレベーターホールや、廊下も全て電気が落とされて、まるで消灯時間を過ぎた病院のようだ。
「何か変だね」
 部屋に戻ってから彼女が呟いた。オプショナルを終えたら、温泉で温まって、ホテル内の居酒屋で一杯やろうと思っていたのだが、すっかりアテが外れてしまった。
 それでも部屋には備え付けの風呂がなかったので、新館にある二十四時間入浴可能の展望風呂へと向かった。
 廊下の至るところが暗い。
 彼女が怖がったが、女湯にまで付いて行くわけにも行かないので部屋の鍵を彼女に渡し、増谷君は脱衣所の戸を開いた。
広い展望風呂の中には誰の姿も無い。過去にも温泉街に遊びに行った事は何回もあるが、こんな奇妙な場所は初めてだ。
広い洗い場の片隅で、身体を洗い始める。ザー、というシャワーの水音に混じって桶の水をバシャッと流す音が混じった。
振り返っても誰もいない。
変な気持ちに陥りつつも温泉に浸かる。
湯気の立ち込める広い湯船の中には何者の姿もない。
それなのに、妙に湯面が波打っている。
まるで誰かが湯の中を歩いているかのように。
また、ザバァッと桶の水を流す音が聞こえた。
「冗談じゃない」
 増谷君は素早く湯から上がると脱衣所で着替え、部屋に戻った。
すると、すでに彼女が戻っている。
「お風呂、変なんだよ。誰もいないのにさぁ」
 女風呂は、男湯のように広い展望風呂ではなかったようなのだが、ともかくひっきりなしに人の気配がするというのだ。
 怖いので、とっとと寝ることにした。

 翌朝。
 集合時間にロビーの集合所に集まると、ホテルはごく普通に機能していた。
何かの思い過ごしだったのかと思っていたが、バスが走り出すと、後ろに座っていた母娘連れがそっと声を掛けてきた。
「あのホテル、気持ち悪くなかったですか?」
「ああ、ええ、まあ」
彼が言葉を濁すと、母親の方がこういった。
「ウチの部屋、夜中に「コンコン」って何度もノックされたんです。でも、あそこってドアスコープないじゃないですか?女二人ですから怖くて無視してたらあんまり何度もされるんで、ホテルの人かと思ってドア開けたら誰もいないんですよ。フロントに電話しても誰も出ないし」

増谷君と彼女は顔を見合わせた。
そして、ホテルの従業員が早く引き揚げてしまう理由が判ったような気がしたという。






11:24, Tuesday, Feb 19, 2008 ¦ 固定リンク ¦ 講評(26) ¦ 講評を書く ¦ トラックバック(4) ¦ 携帯

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■講評

建物全体が怪異に満ちていて、夜になると従業員すべていなくなるという旅館の話はテレビの心霊番組で見たことがありましたが、そこでしたか(笑)。文章は長めでしたが読みやすかったです。他のツアー客ともう少し仲良くなればもっと奇妙な話が聞けたかもしれませんが、彼女連れですしそれは無理ですね。

名前: ひ ¦ 11:47, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


文:+2 怖:+2

怪しい旅館から文章にぐいぐい惹きこまれていきました。
話自体はよくある話、と言ってしまっていいのですが、
ツアー客全員がそれぞれ何らかの体験をしたのだろうな、
と考えさせられるところ、早々に引き上げるのに従業員と
あえて会話がないような部分。
よい演出だと思います。

名前: 晴 ¦ 13:28, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


怪異にたどり着くまでの説明が長いのと不要な描写も多いので、もう少し文章が整理されていればと思いました。
また「奇妙だ」という言葉が出てきますが、読者が読むより先にそう書かれた場合は期待して読んでしまうので、事が済んでから感想を奇妙だと書かれた方が先入観無しに読めそうに思います。

怪異については、起こるまでの前振りが長すぎる事もありますが、展望風呂の様子もホテルの部屋の描写と比べるとあまり周辺説明がされていないのと、他の人が体験したドアノックの怪もドアスコープがないためにいたずらでないと言い切れないので、それぞれが印象として弱かったです。
「エレベーターホールや、廊下も全て電気が落とされて、まるで消灯時間を過ぎた病院のようだ。」は、これだけ部屋も安っぽいホテルのようなので節電しているのかと思いました。ただサービス業としてはどうかと感じますが・・・。

ただ増谷君と彼女が揃って怖い思いをしたのは、せっかくのGWというのにお気の毒でしたね。

文章0:希少度0

名前: chidori ¦ 13:32, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


文章 2 
淡々と書いているところがいい。
稀少度 1
これほど「ひど」いホテルも珍しかろう。

店じまいや消灯時間が早い、という時点で怪しく感じてしまうのだが、怪異が大浴場での人の気配だけというのもさびしい。雰囲気を盛り上げる描写は上手いと思う。
北海道いいなあ、行きたいなあ!

名前: くりちゃん ¦ 19:43, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


怪異+2
ホテルの怪なので、ホテルの情景描写が多くなるのはやむを得ないかと思いますが、ちょっと多いです。
できれば従業員を捕まえて話を聞いて欲しかったところですが、よほどのジャンキーでなければ、そこまではしないでしょうね(^^;

関西のとある占いが有名な町にも、従業員が早々と引き上げるホテルがあります。
家族で泊まったのですが、人の気配が濃くて全員眠れなかった以外は、怪異はおきませんでしたがorz

名前: ねこ ¦ 21:51, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


このまま映画にできそうな細かい描写ですね。ディティールがしっかり書き込まれているところは凄いと関心します。どんな感じの旅館か脳内に映像化できましたし・・・。
夜にホテルから従業員が、いなくなるという類似したお話を聞いたことがあります。
まあ、確かにはずれのホテルでしたねえ。怪異を信じたい私としては幽霊が出るから従業員が早々に引き上げるホテルと信じたいです。
雰囲気が楽しめました。

名前: じゅりんだ ¦ 22:11, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


恐怖+1
これもホテルの事を色々と想像できて良いかと。
しかしながら、情報量の割に、怪異の描写があっさり気味かなと思ってしまいました。

名前: 有線 ¦ 23:09, Tuesday, Feb 19, 2008 ×


怪異自体は大したことないが、ホテルの雰囲気が怖い。
しかし、従業員がいなくなったり照明が消えていたりするのは、保安上問題があると思うのだが‥‥従業員や添乗員にクレームを付けた人はいなかったのだろうか。

名前: ナルミ ¦ 00:46, Wednesday, Feb 20, 2008 ×


怖かったし面白かったです。
前半の旅行の詳細はもっとコンパクトにまとめてあってもよかったかなと思います。
コレくらいの怪異なら堪えられそうなので行ってみたいなぁ。そのホテル

名前: 黒ムク ¦ 09:26, Wednesday, Feb 20, 2008 ×


ホテル、怖いですよね。中途半端に安っぽいところが一番怖い気がします。
展望風呂のところが、よく感じが出ていたので。
希少度 1 文章 1


名前: じぇいむ ¦ 00:21, Thursday, Feb 21, 2008 ×


内容にパンチがないので、あまり怖くない。ただ、文章は読みやすい。

名前: 与粋鴎歌 ¦ 12:51, Thursday, Feb 21, 2008 ×


 好みとしては、もう少し軽い文章ならと思いましたが、文章に問題がある訳ではないので減点しませんでした。真実味がある内容です。
 夜になるとホテルマンがいなくなるって!嫌だ!そんなホテル!
 

名前: くすだまん ¦ 16:19, Friday, Feb 22, 2008 ×


違和感なく読めたのは良いと思う。
怪異自体はどこかで聞いた事があるような内容。
翌日のバスの中での会話が効いていて、雰囲気を際立たせていた。
難を言えば、改行等を使ってエピソード毎に分けて貰えると読みやすかったかな。

希少性(0) 文章(1)

名前: ねこや堂 ¦ 23:26, Saturday, Feb 23, 2008 ×


嫌なホテルですね。
お風呂での出来事よりも母娘の出来事のほうが心霊要素が強く感じました。
広い展望風呂で夜誰もいない中風呂に入る。霊がいなくても怖いですよね・・・。

不思議度+1 インパクト+1

名前: へみ ¦ 06:28, Sunday, Feb 24, 2008 ×


文章・・・2
希少度・・・0

文章はとても堂に入っていて読み応えがありました。雰囲気も抜群で引き込まれます。全体の長さ、構成も適切です。
今回の超-1で、ここまで読んできて文章の冴えは最高レベルだと思います。

ただやはり惜しむらくは怪異の中身でしょう。この短い文章でここまでの世界観を確立しておきながら、あまりにも怪異が弱く、拍子抜けでした。
個人的にとても残念なので、おまけのボーナス+1点。

名前: 鹿太郎 ¦ 22:46, Sunday, Feb 24, 2008 ×


ホテルがボロいのは事実として、本当に夜は店が閉まり従業員もいない状態だったのかなあ?と。別世界に連れていかれてたのかもしれませんね。+1

出来事そのものは強烈ではないけれど、イヤ〜な雰囲気が丁寧に描かれていて楽しめました。+1

名前: 眠 ¦ 14:55, Monday, Mar 03, 2008 ×


怪異自体はよくある温泉地の怪談なのですが、端正な文章で雰囲気がありました。稼ぎ時であるはずのGWにこの状況は確かに異常ですね。やはりそのホテルは何かあったんだと思います。

名前: 久遠 平太郎 ¦ 21:00, Sunday, Mar 09, 2008 ×


田舎の安旅館って感じの所では よくある光景です。
ツアー等に組み込まれる程の旅館でこういうところは珍しいですけど・・
明らかに気配を感じる宿ってありますよね。
ほんとに ハズレだな と思います。

名前: SPダイスケ ¦ 17:48, Monday, Mar 17, 2008 ×


やはり良くある話。 北海道のちょっとさびれた地域にはそんなホテルがよくあるので、ご注意を。

名前: 茶毛 ¦ 18:23, Sunday, Mar 30, 2008 ×


これはいい話です。人に話して聞かせたくなりました。

名前: tanaka ¦ 02:46, Thursday, Apr 03, 2008 ×


ホテル系ではよく聞く話ですが、改めて聞くとやっぱり嫌ですねぇ…。
不気味です。
まあ、何かひどい事されなかっただけでも良かったとは思います。

文章:1 内容:1

名前: PM ¦ 21:31, Thursday, Apr 03, 2008 ×


怪異自体は弱いものの、文章には引き込まれましたね。
ネタさえあれば、いい怪談いくらでも書ける人なんじゃないでしょうか。
もうちょっと何か怪異があればよかったんですけどねえ。
でも、ちょっと泊まってみたいですね、その旅館。

名前: 昼間寝子 ¦ 14:34, Sunday, Apr 06, 2008 ×


怪異:1.5
神隠しかと思った。違って良か……良くねえよ!!
なんつーホテルだ。道東なら行く機会もあんまりないだろうけど……身近だからちょっと恐ろしい。
どこにでも出るとかマジ勘弁。
文章:1.5
部屋の鍵が南京錠<の鍵のようなもの>だということを理解するのに時間が掛かった。
他は読みやすく長さを感じませんでした。

名前: brother ¦ 16:31, Thursday, Apr 10, 2008 ×


怪異は弱いですが、厭な話ですね。

酷いホテルですねぇ。
ボロいわ土産物屋も閉まるわ気味が悪いわ。
気味が悪かったのもさる事ながら、金かえせ!の怒りまできますねぇ。
地方に行けばショボいところもあるとは聞きますが。
お気の毒でした。



名前: MM88 ¦ 22:01, Thursday, Apr 10, 2008 ×


 従業員が全員いなくなるホテルって……絶対に嫌だ。よくつぶれないなぁ。
 けど、ひどい体験はしなかったので、まあ、いいじゃないですか。

名前: こうたろう ¦ 19:53, Sunday, Apr 20, 2008 ×


全体の雰囲気自体は悪くない出来だと思います。
欲を言えば、もっとインパクトのある怪異が起きていれば、言う事が無いという感じなのですが。
もっとも、従業員が帰宅してしまうホテルって都市伝説の類かと思っていたのですが、本当にあるのだというのはこの話で納得が出来ました。
何があったホテルなんでしょうね?

名前: みくりや かつと ¦ 20:08, Sunday, Apr 27, 2008 ×



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