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ボール
「それを見たのは、もう三十年近く前のことになるね」
結城さん(仮名)は、記憶の糸をたぐり始めた。

 閑静な住宅街が広がる目黒区祐天寺。地名のもとになっているのはもちろん「祐天寺」だ。東横線祐天寺駅から駒沢通り方面に五分ほど歩いたところに、堂々とした伽藍を構えている。
 享保三年というから徳川吉宗が将軍だった頃、増上寺三十六世住持の祐天上人が亡くなり、その庵の跡地に弟子の祐海が建立した。祐天上人が増上寺とゆかりが深いこともあり、将軍家との結びつきが強かった名刹である。

 そして、この祐天上人には幽霊に関する逸話がいくつもある。浄土宗の僧侶には珍しい江戸中の悪霊払いを行う「エクソシスト」だったのだ。中でも羽生村の累、助の霊を成仏させた「累が淵」事件は祐天上人の名声を江戸中にとどろかせた。
 境内には今でも累の魂を鎮めるための碑が建っており、累が淵を上演する舞台関係者は必ず線香を手向けにくるそうだ。

 昭和五十年代。まだこのあたりにも畑がまばらに残っている頃、小学生の結城さんは祐天寺の境内を抜けて、墓地との間の細道を抜け、家に帰る途中だった。

「たぶん夕方六時頃だと思うんだけど」

 結城さんが子供の頃、目黒区では午後五時に「目黒区の歌」が防災放送で流されていた。小学校の校庭で遊んでいた結城さんは、その放送を合図に家に帰らなければいけなかった。いつもは祐天寺を大きく迂回して帰宅するのだが、その日はなかなか「泥警」の決着がつかず六時近くまで友達と遊んでしまったそうだ。夕食はカレーだと聞いていた結城さんは一刻も早く家に帰りたかった。

「当時から墓地の細道は不気味だったんだけど、そこを通るのが近道だったから」

 結城さんはほの暗くなった細道をたったひとりで歩いていた。右を見ても左を見ても高い壁、そしてその向こうは墓地である。お墓が怖かったこともあって、地面を見つめながら早足で歩いていた。

 ふと気がつくと付近が少し明るくなった気がする。薄暮のような薄ら白い世界。違和感を感じて結城さんが顔を上げると、三メートルほど前にそれは浮かんでいた。

「最初はなんだかわからなかったんです。真っ黒な丸いものが浮かんでいて」

 結城さんと対峙するように浮かんでいる真っ黒なボール。恐怖のあまり動くことも声を出すことも出来ない。よく見るとそれは「髪の毛」で出来ているようだった。

「髪の毛で出来たボールなんですけど、まるでそれが生きているみたいで。そう、にらみ合っていたっていう感覚です」

 髪の毛ボールと結城さんはにらみ合っていた。それは結城さんにとっては永遠とも感じられる時間だったという。そして突然それは動き出した。

「こちらにふわって向かってきたんですよ。もう腰が抜けるかと思いました」

 髪の毛ボールはふわふわとこちらに飛んでくる。結城さんは声なき声を上げ、その場にへたり込んだ。
 すると、髪の毛ボールは結城さんの右ほほをかすめ、寺の方に飛んでいった。

「あとで知ったんですが、祐天上人はかわいそうな女性の霊を沢山救ってるみたいですよね。あの髪の毛も女性で救ってほしかったんじゃないのかな?」

 しばらくその場にへたり込んでいて、ふと気がつくと付近は真っ暗になっていたそうだ。

 実は結城さんは今まで誰にも話さなかったことがあった。それは髪の毛ボールとすれ違ったときのことだ。

「すれ違いざまに舌打ちされたんですよ。『ちっ』って」




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■講評

光や火の玉ではなく、髪の毛の玉とは。しかもそれが舌打ち(笑)。祐天寺の由来も興味深く読みました。文章も手慣れた感じで読みやすいですが、最初の(仮名)は超怖シリーズでは必要ないです。謎解きも本来なら不必要なのですが、それがないと冒頭の丁寧な由来話が活かされませんからね。超-1ではちょっと毛色が違う感じでしょうか。

名前: %uC282ひ ¦ 10:59, Friday, Feb 15, 2008 ×


「すれ違いざまに舌打ちされたんですよ。『ちっ』って」
ここいいです^^

丁寧な説明で好感が持てました。
唯一気になったてんは、髪の毛も女性で救ってほしかったんじゃないのかというところ
完全な推測だし、ここはなくてもよかったのでは?

名前: 黒ムク ¦ 11:34, Friday, Feb 15, 2008 ×


文:0 怖:+1

最初の祐天寺の説明っていらないような気がします。
それかもっと端的に。
ラストの「可哀相な女性の霊を〜」に繋げたいにしても
少々蛇足的感が免れません。

生首をボールとあらわす怪異譚はよくあるので、
それかなと思って読んでると、それはただの髪の毛の
塊であるらしい。と、良い意味で意表を突かれて
喜んでたのですが、ラストの舌打ちで残念な事に。
体験した怪異は素敵なだけに惜しい。

名前: 晴 ¦ 12:13, Friday, Feb 15, 2008 ×


前半の歴史説明から目黒区の放送あたりまではかなり重厚な感じがして、かなりそそられたのですが、それ以降がちょっと俗な書き方になったのが読んでいて残念でした。
体験談が入ってきたので最初の調子を続けにくかったのかもしれませんが・・・。
重厚そうな最初の語りに対して主役の「髪の毛ボール」という軽いマンガ風な言葉の表現が少しそぐわない気もします。
例えば毛髪球とか髪毛球とか、漢字で形容すればいいようにも思えました。


髪の毛ボールはどれくらいの大きさだったんでしょうか。
ボールと一言でいっても人が持つイメージは、ソフトボールもあればサッカーボールもあり、その大きさ次第で髪の毛ボールと対峙した時の印象が変わってくると思います。
個人的にはソフトボールくらいでも十分怖いですが、サッカーボールクラスだとさらに怖いように感じます。
ふわふわと飛んできて、頬をかすめたくらいだから、ソフトボール程度かとは推測しますが、大きさについてはぜひ書き加えてほしかったです。

そして最後の「祐天上人はかわいそうな女性の霊を沢山救ってるみたいですよね。あの髪の毛も女性で救ってほしかったんじゃないのかな?」という結城さんの想像で髪の毛ボールの正体を推測するのは、少し無理があるかと感じました。
冒頭の説明で祐天上人の事も分かるのですが、髪の毛ボールと出会った場所が墓地付近で、向かった方向が寺のほうで、すれ違いざまに「ちっ」と言われた・・・という情報だけでは、結城さんの怪異が祐天上人に関連づけられるものであるとは言い切れず、もしかしたら全く関係のない怪異かとも考えられない事もないので・・・。


しかしながら、この怪異自体はなかなか得られる話ではないでしょうから、一件だけでも貴重な取材だったと思います。

文章+1:希少度+1

名前: chidori ¦ 12:22, Friday, Feb 15, 2008 ×


文章 1
導入部がイイですが、後半行間がスカスカになっていてちょっと気になる。
稀少度 2
これは珍しい。

東京にお住まいの方はどうして地名の説明をするときに○○線の○○駅云々っておっしゃるのかな。東京住まいではありませんので実感がわかないんですよw

毛玉の大きさや動きはどうあれ
「すれ違いざまに舌打ちされたんですよ。『ちっ』って」
ここの部分。「結城」さんの何が気にくわなかったのか、また気に入られていたらどうなっていたのか、大変好奇心をそそる。
ただし「あとで知ったんですが、祐天上人はかわいそうな女性の霊を沢山救ってるみたいですよね。あの髪の毛も女性で救ってほしかったんじゃないのかな?」は蛇足のような気がする。

名前: くりちゃん ¦ 13:26, Friday, Feb 15, 2008 ×


「ちっ」って。どういう意味なんだろうって興味をそそる所に+3
「ちっ」子供か、なのか「ちっ」連れて行けなかった、なのか。
可哀想な女性云々があるからには舌打ちした声も女の方の声でしょうか。
余韻や謎の残る話こそ、怪談の醍醐味ですね。

名前: ちゅん ¦ 13:33, Friday, Feb 15, 2008 ×


前半、祐天寺についてのくだりは興味深く読ませていただきました。
そんな由来のあるお寺さんの近くなら何かありそうな気がしますね。
ただ、髪の毛ボールってイメージしやすいかと思ったら意外とダメでした。
さらさらの黒髪なら遊女とか連想するんですが、梳かしてないくちゃくちゃ髪ならホームレスとか(すいません)、アフロボールなら怖くないしなぁ。どんな髪の毛ボールだったのかすっごく気になりました。
髪って怨念こもりやすそうで絶対に怖いしね。
泥警とか夕飯がカレーで喜ぶあたり、時代背景も生きてて読んでいて楽しかったです。


名前: 桜子 ¦ 19:15, Friday, Feb 15, 2008 ×


ボールと聞けばすぐに生首を連想してしまう怪談ジャンキーとしては、いい意味で意表を突かれて面白かった。
冒頭の祐天寺の由来話はこんなに長くなくてもよかったと思う。

名前: ナルミ ¦ 00:55, Saturday, Feb 16, 2008 ×


恐怖+2
わさわさと蠢く髪で出来た球体を想像して怖くなりました。
個人的に、出だしの祐天寺の説明が冗長に感じられました。いかにも、と構えて読んだのですが、不謹慎ながらがっかりというか。
ネタに見合った話の厚さではないと感じました。シンプルにまとめるともっとインパクトが出たかも知れませんね。

名前: 有線 ¦ 01:04, Saturday, Feb 16, 2008 ×


ネタ+2 文章+1
序文が硬い上にちょっと長いような気がします。人によっては序文で読み飛ばしたくなってしまうかもしれません。
怪異部分は特に引っかかる表現はなく読みやすいのでよかったです。

名前: ねこ ¦ 20:56, Saturday, Feb 16, 2008 ×


後半、地の文と証言とが重複してしまっている。証言のセリフは絞って入れないとこれは逆効果。
それと祐天寺の由来はもっと簡潔にした方がよかった。
毛玉自体は薄気味悪くて、いい。
希少度 2 文章 0



名前: じぇいむ ¦ 21:13, Saturday, Feb 16, 2008 ×


前半の土地柄の歴史的説明からして非常に格調高い物語を感じさせました。作者の方は非常に知識とか書く力のあるお方なんでしょう。私自身もこのあたりは非常に勉強になりました。
後半の髪の毛ボールも凄くインパクトがありました。最後にチッと舌打ちする所で、私はこのボールは実は悪い物ではなかろうかと思いました。まるでそこにいるかのように状況描写も細かくてとても素晴らしいと思います。 もしかすると前半の説明文をカットしても、後半の髪の毛ボールだけで十分怖さが表現できたかもしれないと思いました。

名前: じゅりんだ ¦ 21:29, Sunday, Feb 17, 2008 ×


祐天寺の由来、当時の目黒区や子供の暮らし。読み終わってみたら、不要と思われる部分も多いです。丁寧でわかり易くて、勉強になったのですが…ごめんなさい。-1

中まで全部髪の毛の塊なのか、あるいは髪に覆われた何かなのか。どっちにしろキモチワルイ。舌打ちまでするなんてイヤすぎです。+2

文章は読み易く、長さを感じさせないです。舌打ちの話を最後にそっと持ってくるのもうまい!+1


名前: 眠 ¦ 04:17, Monday, Feb 18, 2008 ×


怖いと思いますよ。素直に。

名前: 与粋鴎歌 ¦ 11:20, Monday, Feb 18, 2008 ×


文章・・・1
希少度・・・2

状況説明や場所の歴史的背景など、とても解り易くて良かった。堂に入ったものです。
ただ、祐天寺を説明する前半部と、結城さんの実体験を描写した後半部の内容そのものに重みの差があり、バランスが悪いように感じました。

とはいえ現象自体は聞いたことのない事例でした。
舌打ちする髪の毛球は珍しいですね。

名前: 鹿太郎 ¦ 03:48, Thursday, Feb 21, 2008 ×


前半部の祐天寺の件は、なくても十分怪談として成立している。
むしろ説明はない方が良かったかも。

希少性(2) 文章(0)

名前: ねこや堂 ¦ 00:04, Friday, Feb 22, 2008 ×


女性の霊だったのでしょうか。
物悲しさを感じていたら・・・「ちっ」って。
人間にも色んな人がいるように、霊もそうなんでしょうね。
現象は不思議で、面白いと思います。
余談ですが自分も目黒区出身です。
毎日5時に流れる「目黒区の歌」。なつかしいなぁ・・・。

名前: へみ ¦ 06:01, Sunday, Feb 24, 2008 ×


ネタはいい。
でも、作者が体験者の解釈に囚われすぎていてネタの調理を間違えている。
祐天上人云々の解釈はこじつけでありいらない。
このいらない解釈が髪の毛ボールがすれ違った時に「ちっ」と舌打ちした怖さを殺しているのだ。
体験者の解釈は省いて見た事だけを書いていれば怖い作品に仕上がっただろう。
惜しい。

名前: 撃墜王の孤独 ¦ 20:13, Monday, Feb 25, 2008 ×


妖怪好きなもので毛羽毛現かと思いましたが女性の霊ですか。
だとすると、ラストの「ちっ」は、立ち尽くしていて通行の邪魔になっていた結城さんに対して「なんだいこの子は、邪魔だねぇ」という舌打ちだったのかも知れませんね。
文章、ネタ共に高水準で楽しめました。唯一つ細かいことですが、体験者の名前にわざわざ(仮名)と付けなくても、読者は出てくる名前が本名ではないと理解して読んでいるので大丈夫だと思います。

名前: 久遠 平太郎 ¦ 20:36, Sunday, Mar 02, 2008 ×


前半部分は 無くてもよいかと・・・ −1
舌打ちが気に入りまして      +2

名前: SPダイスケ ¦ 16:31, Monday, Mar 10, 2008 ×


怪異に至るまでの進行が長いと思います。もう少しまとめては?一点減点します。
 毛玉の大きさなど描写が曖昧です。
 一点減点します。

名前: くすだまん ¦ 17:09, Friday, Mar 21, 2008 ×


ちょっと説明が長いかもしれない。
髪の毛ボールに舌打ちされた件。
舌打ちこえーよ。
一体何が気に入らなかったんでしょうね?何かするつもりだったとかならさらに怖いですが。

名前: こうたろう ¦ 19:21, Tuesday, Mar 25, 2008 ×


「ちっ」がいい。堪能させていただきました。

名前: 茶毛 ¦ 17:15, Saturday, Mar 29, 2008 ×


前半部分の説明は省くか簡潔にまとめたほうが良かったですね。
寺とか興味の無い人はすっとばしてしまいます。
でも最後の舌打ちは秀逸ですね。
色々想像できて良い。
髪の毛ボールも妖怪っぽくてかなり惹かれます。

名前: 昼間寝子 ¦ 15:11, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


個人的にはツボではないのですが、なんだかよくできてていいと思いました。

名前: tanaka ¦ 16:39, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


スミマセン。歴史とかあまり得意じゃなくて…。
前半、もうちょっと簡潔にまとめてもらえると助かりました。

怪異自体は珍しく、読みやすかったです。

文章:1 内容:1

名前: PM ¦ 23:11, Tuesday, Apr 01, 2008 ×


怪異:2
いやぁ、これは……怖い。
あと厭な感覚が残ります。
これ書いて大丈夫なんですか?
文章:2
うんちくは当初どうかと思いましたが、結果的にちょうどいい枕になってて良い効果でした。
(仮名)は。たぶん突っ込まれてると思うからスルーして。
「超」怖テンプレ準拠ですし、文章量のわりに内容詰まってていい感じだと思います。

名前: brother ¦ 01:18, Wednesday, Apr 09, 2008 ×


お寺に関する説明等はいらないのでは。
ボール、というよりは毛糸玉の様な人毛の塊だったのか。
どうして舌打ちされたのかは興味深い。

名前: MM88 ¦ 22:43, Tuesday, Apr 15, 2008 ×


>そして、この祐天上人には幽霊に関する逸話がいくつも〜累が淵を上演する舞台関係者は必ず線香を手向けにくるそうだ〜。

ここのくだりはなくてもお話は成立すると思います。
ですが、その点を除いても、よいムードを醸し出していて、怪談としては充分な水準を満たしていると思いました。

名前: みくりや かつと ¦ 11:16, Sunday, Apr 27, 2008 ×



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