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それは不思議な絵だった、と巴さんは言う。 十号サイズくらいの油彩。 見るたびに印象を変える不思議な絵。 彼女がその絵を見つけたのは、小学校に上がったばかりの頃。 もう五十年以上も昔の話である。 裕福な農家の次女として生まれた巴さんの家には、大きな蔵があった。 そこは今で言うロフトのような造りになっていて、長い梯子の先に四畳ほどの中二階がある。 その時彼女は蔵の中で遊んでいて、農機具ばかりの蔵の中で不思議な一角を発見した。 小さな文机。ランプ。ホーロウびきの、白い水差し。何もかかっていないイーゼル。 そして、大きなトランク。 その『絵』は色とりどりの外国の切手や地図と共に、トランクの中に入っていたという。 「父の叔父の持ち物、と後で聞きました。早くに亡くなった方だと」 それ以上の話は聞いていない。 彼女はその絵をひと目見て、すっかり好きになった。 けれども、見るのも触るのも厭だと感じる時もあったという。 広い広場があって、人が沢山いる。 広場の周りには、細い道が幾つかあって、ごちゃごちゃした町並み。 遠景に窓の沢山ついた塔がそびえている。 沢山の人の中に、見知った顔を見つけたような気がした時もある。 遠くの塔の窓に、何か怖いものが囚われているように見えて、思わず絵を取り落としたこともあった。 描かれていた時刻もあいまいで、黄昏時に見えることもあれば、またある時は昼に見える。 「空だって、描かれていたのに。不思議ですけれど」 印象を変え続ける絵の中で、一つだけ変わらないものがあった。 影法師の女の子。 人々からポツンと離れた地面に、黒だけで描かれている。 その帽子を被った女の子は、足元までたどってもその実像を結ばない。 彼女は、何故かその女の子が気に入って名前をつけた。 「私が巴だから。モエちゃんって」 もともとやや内向的な子供だった彼女はそれ以降、蔵にこもって一人で遊ぶことが多くなったという。
その日、たぶん巴さんは一人で遊ぶのに疲れて蔵の中で眠ってしまったのだろう。 起こされた時、格子のはまった窓から差す光は曖昧で、今が何時かも知れなかった。 起こしたのは、リボンのついた帽子を被った女の子でワンピースを着ていた。 「その女の子が、何色のワンピースを着ていたのかどうしても思い出せないんです。何色の帽子だったのかも」 当然ながら、顔も全然憶えてはいない。 五十年以上も昔の話だから? そう尋ねると、巴さんはフッと微笑んだ。 「女の子は、モエちゃん、って名乗りました」 巴さんはモエちゃんに導かれるまま、蔵を出た。 蔵の外は、彼女の家の庭であるべきなのだが、そこに庭は無かった。 彼女の家が見える筈だが、それもない。 両親が働いている筈の田や畑も姿を消していた。 どこかの町並み。 見たことがあるような。けれども、どこの町だと問われても答えようがないような。 後ろを振り返ると、今出たはずの蔵もすでになく、やたら高い塔になっていた。 「塔の中に怖いものがいるから、早く逃げよう。そう言って」 女の子は巴さんの手を引いて早足に歩いてゆく。 巴さんは必死で彼女の後をついてゆく。 道がどこに続いているのか、巴さんは多分知っていたのだと思う。 あの、広場。 巴さんは急に怖くなって、女の子の手を離した。
もし、上記の体験が夢ならば。 しかし、彼女が目を覚ましたのは蔵の中ではない。 自宅から十五キロも離れた町の中で、フラフラと一人で歩いているところを保護された。 時間もさほど経っていないことから、誰かに連れられたのではないかと問題になったという。 そいえば、巴さんは次女なんですよね? その話題を持ち出すと、彼女は目を伏せた。 「姉の名前もトモエなんです。もちろん、漢字は違いますけど」 巴さんの姉は、彼女が生まれる前に亡くなったということであった。 「溜池にはまったのだろうと、祖母は言っていました」 けれど、本当のところは誰にも分からない。 死体は、見つかっていないのだから。
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» 【+3】「少女のいる風景」 [DJ ZIRO『超-1 2007』感想ブログから] × 映像化して欲しい実話怪談でした。著者の描写が旨いのでイメージが自然に脳味噌に入っ ... 続きを読む
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受信: 16:23, Friday, May 25, 2007
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受信: 04:02, Tuesday, May 29, 2007
■講評
ぐっと来ますね。 今、その絵はどうなっているのかが気になりますが。 不思議でいて、怖い。 もし女の子と一緒に行っていたらどうなっていたか・・・ というところで気がついたけど、話の流れは三途の川と似ているんですね。 素材:+2 文章:+1
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名前: 夢屋 陣 ¦ 14:20, Tuesday, May 15, 2007 ×
ひょっとして夢オチか? と思いながら読んでいたので、ラストでちゃんと怪異になっていてよかった。幻想的な雰囲気がいい。 女の子の正体が姉なのか、姉も女の子に連れて行かれたのか‥‥。 |
名前: ナルミ ¦ 00:51, Wednesday, May 16, 2007 ×
なかなか面白かった。 叔父さんの絵にまつわる怪異のようだから、もう少し叔父さんに関する情報がほしいところ。顛末からいくと一族の中で何か確執でもあったのかも知れない。 「巴」さんのお姉さんはワンピースの少女に広場までついていったのではないだろうか。「巴」さんはすんでの所で、手を放してよかったですね。 実話ということですが、失踪した子供の名前を次の子供につけるものでしょうか。もし帰ってきたら困ってしまうのではないか。 |
名前: くりちゃん ¦ 12:00, Wednesday, May 16, 2007 ×
絵の中の世界に入るというのが面白いです。 行方不明のお姉さんは、絵の中に迷い込んだまま帰れなくなったとか。 遠く離れたところで見つかったというのも不思議です。 怖いながらも美しいお話でした。文章技術評価1 体験談希少度評価1 |
名前: ナメコ ¦ 23:03, Wednesday, May 16, 2007 ×
内容:2 文章:1
絵の中の少女が出てきてなんかするなかな〜、と思っていたらその通りの展開。 で、少しファンタジックだけどありがちな話かで終わると思っていたら、最後のお姉さんの話で、いい意味でもやもや感を残されました。 叔父さんとかお姉さんの過去などを、いろいろ想像していまいますね。 |
名前: ダウン ¦ 23:22, Wednesday, May 16, 2007 ×
モエちゃんも、かつて絵に引きずり込まれてしまった女の子なのかもしれませんね。 巴さん、戻ってこれて良かった。不思議な味のあるお話でした。 絵は見る側の心理状態によって表情が変わるものです。見るたびに新鮮さを感じられる絵、見てみたいですね。中に連れていかれるのはイヤだけどw
亡くなったお姉さんかもしれないと匂わせていなかったらもう1点プラスだったかも。 正体不明のモヤモヤを楽しませていただいて満足度が高まっていたので、「え?お姉さんなの?」と急に素に戻ってしまいました。 このお話はモヤモヤしたまま終わってほしかったです。あくまでも個人的な好みですが; |
名前: 13 ¦ 21:11, Thursday, May 17, 2007 ×
-4 0 +4 文章;■■■■■■■■■(+4)…a 構成;■■■■■■■■□(+3)…b 怪異;■■■■■■■■■(+4)…c 恐怖;■■■■■■■■□(+3)…d 嗜好;■■■■■■■■■(+4)…e ※(a+b+c+d+e)/5…総合点(小数点以下第1位四捨五入)
透明感があり、尚且つ姉の死が絡み恐怖を伴う。 秀逸。参りましたorz |
名前: 空 ¦ 17:54, Friday, May 18, 2007 ×
すごい幻想的な怪異ですね。 なんというか、あーまた夢オチか、なんて読んでいたんですけど、空間を越えた怪異に成っていましたね。 著者さんにはうまいこと夢オチだと思わされてしまいました。 ただ、巴さんの姉と、叔父さんの関連がもう少し書き込みとして欲しかったかも知れません。 何か因縁が色々想像させられて、なんだか読後ちょっと陰鬱な気持ちになりました。 内容+1 文章+2 |
名前: cross2M ¦ 03:08, Sunday, May 20, 2007 ×
文章もうまいしオチも意外で面白いです。 デ・キリコの絵をイメージで読みました。
女の子の正体はお姉ちゃんを連れ去った悪霊・・・でいいんでしょうかね? |
名前: 梶ゆういち ¦ 00:11, Monday, May 21, 2007 ×
素材・1 文章・2 非常に美しい作品。 怪異そのものも珍しく、その語り口も淡々としていながら要を得ている。
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名前: つくね乱蔵 ¦ 22:30, Monday, May 21, 2007 ×
| 私も乱歩を思い出しました。途中、夢物語かと思いましたが、そうなるのかと。ラストも説得力がある。 |
名前: ペペ ¦ 16:33, Saturday, May 26, 2007 ×
うーん。 このお話も物凄い二面性を感じました。 まず、描写がとてもお上手なこと。郷愁を思い起こす筆捌きはお見事です。 そして幽玄の彼方に引きずり込まれるような怪異。 実話怪談というよりも、優れた短編小説を読んでいる気分にさせられました。 そして。 この作品に対して「少女が絵の印象による刷り込みで夢遊病者のように彷徨った」と突っ込む方がほとんど存在しないという事。 これは実話怪談を「小説的」に通読している方が多いのだという、自分としては「びっくり」な結論を導き出しました。後半の「次女ですよね?」の問い掛けにすらすら答える巴さんは亡くなった姉の事を知っていたんですから、深層意識のなせる業という事はありえないと言い切れないのですが。 僕は今年の講評傾向の謎について、この作品に指南してもらったように思います。 |
名前: 矢内 倫吾 ¦ 10:30, Sunday, May 27, 2007 ×
うーむ、実に幻想的だなあ。 しかもこれだけパーツが揃っていながら、考えが膨らむ膨らむ。 多様な解釈ができる、大変興味深い怪異です。
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名前: 藪蔵人 ¦ 18:27, Sunday, May 27, 2007 ×
ノスタルジックな中にミステリー性も垣間見えて良かったのだが、絵との関連性については疑問符がついてしまう。謎の少女との逸話さえも、やはり夢だったのではないか、見知らぬ町にいたのは夢遊病だったからでは、と邪推してしまう。少女が夢遊病状態で15kmも歩くというのは、俄かには考え辛いけれども。 亡き姉の名前がトモエだというのも、何だか出来すぎているように思う。絵の少女にモエと名づけたのは巴さんであって、姉を連想したというわけではなさそうだ。偶然にしてはあまりにも……。
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名前: GPZ ¦ 21:32, Tuesday, May 29, 2007 ×
異界探索話はただでさえツボに入るというのに、このノスタルジー感あふれる情景描写の美しさにはすっかり酔わせていただきました。 人々を取り込む不思議な絵とは、またなんと幻想小説的な怪異譚でしょうか。早くに亡くなった叔父と姉もまた、絵のなかのどこか「見知った顔」に含まれてしまっているんですね。人物画ではなく風景画でありながら、これほどまでに強力な生命と魔力を持っているところに恐ろしさとともに不思議を感じます。
不思議といえば、「自宅から十五キロも離れた」というこの距離、地図を出して具体的に確認をしてみました。 そうしたなら、なんと!直線距離にして、足立区の私のウチから三つの区を越え、湾岸の東京ディズニーランドまで到達すると判りましたよ。6、7歳の子供の足で、これはあり得なーーーい! あああ、途中で手を離すことができてよかったわ…。
惜しむらくは、異界の街へと迷い込む場面、ここをもう少しほの暗く夢幻的に描いてくれたなら、さらに深みを増したように思います。うーん、例えて言えば、内田百%uE99692の初期作品にあるような、輪郭のあいまいなモノクロ画像のなかで、漠とした不安が次第次第に募っていくような、そんな手触りとでもいいましょうか。欲張りな願いを言っているのは重々承知のうえなのですが。
それにしても、この絵のその後が気になります。絵のなかで、二人の身内が取り込まれているのを感じる以上、まさか燃やして処分もできないでしょうし…。 現在は巴さんが人知れず管理しているとしても、巴さんの手を離れた後はどうなるのでしょうか。そんなところも恐ろしいですね。 |
名前: こころママ ¦ 22:26, Thursday, May 31, 2007 ×
うう、一部文字化けしてしまった。あの字って使えないのかあ…。 すみません。では代替品で、文字化けしているところを「内田百間」として読んでください。 |
名前: こころママ ¦ 22:34, Thursday, May 31, 2007 ×
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