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幻の…
 「もう10年以上前のことだけど」
飯泉はそう断って、話し始めた。
当時、彼は事務機器販社の営業マンだった。

その日は、注文を受けたパソコンの納品日だった。
飯泉の会社は、据付、使い方の指導もするというのが、当時のセールスポイントだった。
約束の時間は午後6時半。
飯泉は後悔していた。
(どんなに急いでも、1時間はかかるな。それから高速飛ばして戻っても9時は過ぎるな。まあ、いいか。部長に怒られるよりましか)

午後4時になった。
(時間は早いけど、行っちゃえ)
市販の地図を広げる。
目的地は……。
住所の地番が地図にはなかった。
「だからか……」
ポケットからメモを取り出す。
地図が描いてある。
注文を受けたときに、注文をくれた鈴木さんが描いてくれたものだ。
土地勘があるからと断ったのだが、
「いえ、わかりにくいから」
そう言って、鈴木さんは道の説明までしてくれた。

5月半ばでさわやかな風が吹いていた。ドライブ気分で車を走らせる。
2車線の国道が1車線になり、やがて道は左右にうねり、
左側には海岸線、右側は切り立った崖になった。
「○○団地」という交差点に来た。
ここから鈴木さんの地図が頼りだ。
しかし、まだ5時前だ。
時間つぶしに、住宅街を走ってみることにした。
道に迷うことはない。丘の斜面に建ち並ぶ住宅街は、どこをどう走っても、
外側の道を通れば、最終的にはこの交差点に出るようになっている。
とりあえず、直進した。
対向車はおろか、後続の車もない。
夕方だというのに人影も見当たらなかった。
鈴木さんの地図にある目印の酒屋とポストを探した。
しばらく走ったが酒屋もポストも見つからない。
それは交差点からそれほど遠くないところにあるはずだった。
「おかしいな」
そして、突然、目の前にバリケードが現れた。
車を降りた。
道が封鎖されている。
バリケードの向こうには、雑草が延々と生い茂り、道を隠していた。
その先には山がある。
まるで、そこだけ写真を貼り付けたような感じだった。
「なんだこりゃ」
車に戻り、市販の地図を見る。
道は続いていることになっている。

飯泉はUターンし、交差点まで戻ることにした。
交差点の信号が見えてきたところで、酒屋とポストが目に入った。
「来るときはなかったのに……」
鈴木さんの地図に寄れば、酒屋の向かい側にポストがあり、その脇に細い道がある。
そこを入っていくことになる。
時間は早いが行くことにした。
道は車一台がやっと通れる幅で、未舗装の上、ぬかるんでいた。
両脇に民家の塀と雑木が迫り、道をより狭くしていた。
しばらく行くと視界が開けてきた。
左手に海が見えた。

「その時はそう思ったんだ。こんな民家の近くまで海岸線が入り組んでいるのかってさ」
凪だった。水面に陽光が眩しいくらいに反射している。陽は暮れかかっているのに……。
「水の色が赤かったんだよ。血の色。気味悪かったけどさ、赤潮?そういうのだと思ったんだ」

鈴木さんの地図には海などなかった。あれば描いているはずだ。
そのまま、車を走らせると、10メートルほど先に空き地が見えた。
そこに車を停めてくれとの指示だった。
車を停めると、鈴木さんが家から出てきた。
6時前だった。
「申し訳ありません」と鈴木さんは頭を下げた。

早速、パソコンの据付に掛かった。
インストールとプリンターの接続だけでいいと言うので、思ったより早く終わった。
「何かあったら、電話ください。お伺いしますから」
 飯泉は、そう言って車に乗り込んだ。
 鈴木さんが見送っている。
 『海』のことは言わなかった。
 帰り道、水面は今度は月明かりに照らされ、キラキラ光っていた。

「聞こうとは思ったけどさ、早く帰りたかったからさ」
「……」
「よく考えてみればさ、あんなところに海があるわけないんだよな。海から離れて山側に行ってるのにさ」
「じゃあ、池とか、沼だろ」
「だとしたら地図に載っていてもおかしくないだろ。やっぱりさ、そこだけ何か違うパーツって感じだった」
「……それだけ?」

納品の1週間後、飯泉は鈴木さんから電話をもらった。
パソコンの場所を移動したら、接続がわからなくなったとのことだった。
行きたくはなかった。しかし、電話をくれれば行くと言った上、鈴木さんの会社とは大きな物件の商談中だ。断ったら差し障りがあると思い、二つ返事で出かけた。

飯泉は例の空き地に車を停めた。
ロックもせず、鈴木さんの家まで走った。
出てきた鈴木さんは、すまなそうに詫びた。
「申し訳ないですね。急いできてもらって」
汗だくで、息を切らしている飯泉に、鈴木さんはそう言った。
「そそそそんな、そんなことよりあの、海は?」
飯泉は自分が来た方を指差した。
「海?」
「じゃなくて池?沼ですか?」
鈴木さんは怪訝そうに、飯泉の指差した方向を見た。
「そういうものはないけど」
1週間前は血の色の水面。
今は鬱蒼とした雑木林だった。








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■講評

とても面白かったです。
私も始めて車で行くところには地図をお供に走りますので「飯泉」さんの「おかしいな」と思ったときの感覚が何となくわかります。(私の場合は怪異でも何でもなく、単なる目印の見落としなのですが)
定められた順路を進まなければ行き着けない場所?
それも謎ですが、海と雑木林の関係など、なかなか一筋縄ではいかないような不思議さを感じました。

名前: くりちゃん ¦ 13:54, Monday, May 14, 2007 ×


不思議で面白かったんですが。
前置きも含めて冗長に感じ、血の色の水面とは何だったのかといった余韻までがそがれた気がした。
体験者の戸惑いは伝わるもののオチとしては、やはり、といった感じで予定調和のままに落ち着いてしまい印象としては薄いかと。
素材:+1 文章:−1

名前: 夢屋 陣 ¦ 16:17, Monday, May 14, 2007 ×


怪異としてはありきたりで、最初から最後まで「よくあるパターン」で終わってしまっている。
(「一定の時期にだけ出現する池」というものは実はけっこうあるが、それが突然雑木林になることはないし、地元の鈴木さんも知らないようなので、やはり「怪異」だろう)

名前: ナルミ ¦ 01:44, Tuesday, May 15, 2007 ×


とても不思議で期待を持って読ませていただきましたが、結局、体験者さんの幻の沼の目撃談だけで終わってしまったという感じです。このお話なら文章が短くてもよかったかもしれません。
文章技術評価0 体験談希少度評価0

名前: ナメコ ¦ 18:32, Tuesday, May 15, 2007 ×


内容:1 文章:0

はっきりとした怪異は、赤い海を見たということだけですね。
不思議な話ではありますが、思い切って短くしたほうが良かったように思えます。
途中まで何が起こるか、すごく期待していたんですが……。

名前: ダウン ¦ 23:14, Wednesday, May 16, 2007 ×


鈴木さんの地図を私にも(つД`)*。
途中から、海岸線?崖?交差点?酒屋?と、わけがわからなくなってしまいました。方向音痴なんですorz
どこが何に変わっているのかつかめず、純粋に不思議さを楽しめませんでした。

好きな部類ではあります。狐につままれたような、異世界に迷い込んだような。

名前: 13 ¦ 20:52, Thursday, May 17, 2007 ×


   -4   0  +4
文章;■■■■■□□□□(±0)…a
構成;■■■■■□□□□(±0)…b
怪異;■■■■■■■□□(+2)…c
恐怖;■■■■■□□□□(±0)…d
嗜好;■■■■■□□□□(±0)…e
※(a+b+c+d+e)/5…総合点(小数点以下第1位四捨五入)

 怪異の質に比べ、やたらとその周辺の情報を盛り込みすぎ、また、飾り立て過ぎている印象が残る。
 怪異のみを切り取ればなかなか興味深いものであるので、長々と小説風に仕立てるよりは、思い切って1頁怪談として纏めたほうが、怪異そのものを際立たせることができたように思うのだが如何か。

名前: 空 ¦ 17:53, Friday, May 18, 2007 ×


これもやはり、小ネタゆえに何とか厚みを持たせようと格闘された結果だと思うのですが、怪異そのものが持つ情報よりそれ以外の部分の情報量のほうが勝っていて、それも一読してすんなりわかるほど整理されていない印象。
これは思い切って短くまとめたほうが良かったかもしれませんね。
ご当人の慌てぶりは最後の行で伝わっては来るのですが、共感とまではいけず。
内容0 文章0

名前: cross2M ¦ 03:00, Sunday, May 20, 2007 ×


怪異に対する飾り付けが大仰な感じを受ける。小粒なものを盛り上げるのに苦労が伺える。

名前: ペペ ¦ 16:27, Saturday, May 26, 2007 ×


スティーブン・キングの「トッド夫人の近道」を彷彿させる怪談ですね!
結局、トッド夫人は帰ってこなかった事を考えると結構うすら寒い怪談です。
地図を描いてくれた鈴木さんの態度からしても、そこではよく起こっている事なのかもしれません。あんまりその部分を指摘している講評が少ないのは何故?
上っ面からだけでは書き手の伏線を読み取りきれていない事がたくさんありますよーと作者さまのために代弁してあげたい(笑)後半ですし、講評も愉しんで書かせて貰いますよー。
霊体験というよりは、異世界との接点への遭遇談。神隠しやマヨヒガ(昨日遠野物語を読み直す)などもこういった体験談かと思うと、面白かった。
でも、自分で遭遇するのはやだな。
トッド夫人にはなりたくないから(笑)

名前: 矢内 倫吾 ¦ 10:17, Sunday, May 27, 2007 ×


いやあ、臨場感溢れる描写。
読んでいて、こっちまで道に迷った感覚に襲われました。
私も方向音痴なんで、その作用が倍増できましたね。
これ、狙ってやってたとしたら凄いですよ。
怪異自体は残念ながら小粒なのですが、読み手を惑わせる描写に参りました。

名前: 藪蔵人 ¦ 18:27, Sunday, May 27, 2007 ×


異界徘徊譚といったところだろうが、それにしてはやや装飾過剰にも思える。
筆力があるがゆえか、それに頼ってしまい、肝心の怪異の部分まで侵食してしまったように感じた。
話自体は好きな部類に入るだけに、この点は残念である。

名前: GPZ ¦ 21:08, Tuesday, May 29, 2007 ×


素材・0 文章・0
素材は小粒である。それを文章で膨らませた感じが否めない。
その気になれば、かなりの部分が削れるのではないか。

名前: つくね乱蔵 ¦ 16:48, Wednesday, May 30, 2007 ×



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