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【コラム】俺の話を聞け!
実話怪談の必須条件は「体験談提供者が実在すること」に終始するかと思います。
自分自身の体験の場合は自分が体験者になりますが、多くの場合は「体験者から話を聞く」というスタイルになるのではないでしょうか。
対面で、電話で、メールで、コミュニケーションの方法は様々ですが、体験者からいかにして話の要点を聞き出すかは、実話怪談著者に求められる必須の能力です。この点で、実話怪談著者は「書き記す能力(文章技術)」と同じ程度に「調べ聞き取る能力」が重要ということになります。

一言で言えば取材力ということになりますが、「取材力」と十把一絡げにされてしまう言葉の中には様々な要素が含まれています。
・体験談を持つ人を引き寄せる能力
・体験談を持つ人を嗅ぎ分ける能力
・渋る体験者に話をさせる(話を聞き出す)能力
・体験談の要素を把握する能力
・体験者の不完全な記憶を整理しなおし、違和感の根源を見極める能力
・必要な要素と不要な要素を峻別する能力
……などなど。
もう少しあるかもしれませんが、とりあえずざっとこのくらいの能力が必要かもしれません。

要するに、実話怪談というのは「話を聞いて、それを書く」というだけのことなんです。
が。そもそもまず話を「誰に、いつ、どうやって」聞くのか。最初は、誰がどんな話を持っているのか事前に詳しくは知らない状態にあるわけですから、知り合いを総動員したり、見ず知らずの人に打信したり、10年以上連絡が途絶えている人に電話したり、名刺交換のたびに切り出したりと、様々な方法で「人と出会う」ことをしなければ話が始まりません。
飲み会の席上で「誰かそういう人いない?」と聞いて紹介して貰って会いに行く、という手法もありますし、その場その場で突発的な怪談会を始めてしまって、呼び水で振った話に食いついてくる人に後日場を改めて聞く、という手もあります。
もちろん、貴重な体験談を持っている人に出会えるかどうかというのは、確率論で説明できるものではありません。3人に会って3人とも当たりの場合もあれば、10人に会って一人も当たりが出ないこともあります。引きの強い人、運の強い人は次々に当たりを引き、そうでない人はひたすら数を稼ぐしかありません。

このように、まず体験者と出会うという最初の一歩から実話怪談は始まっています。
人と会話をすることに抵抗感がなく、コミュニケーション能力がある程度高くなければ、そもそも人と話をすることは難しいでしょう。一部の例外を除けば、内気な人、内弁慶な人、人見知りをする人というのは、実話怪談の大量取材者にはあまり向かないのかもしれません。
僕が知る限り、実話怪談の有能な取材者だった実話怪談界の大家各氏は、いずれも人当たりがよかったり、周囲に多くのスタッフがいたり、自分のコミュニティを持っていたりといった形で、人を招き寄せる資質を持つ方が多いように思います。一匹狼的に見える人の場合でも、話を聞き出す相手の手の内やのど元にいつの間にか入り込んでいる、ある種の人懐っこさがありました。
「超」怖い話三代目編著者の平山夢明氏は、実話怪談の名手である以上にインタビューの名手でもあります。インタビュー=インタビューイ(取材対象)から話を聞き出す仕事であるわけですが、インタビュアー歴が長いから話を聞き出すのがうまいというよりも、話を聞き出す能力が高いからインタビュアーという仕事が成り立ったと考えるべきかもしれません。
普通に雑談をしていても、いつのまにかうまく乗せられた体験者は自分の体験を話して聞かせる側に回ってしまっている、最初は猛烈に話していたはずのインタビュアーが気がつくと「ふんふんそれで」と促す側に変わってしまっている――。一緒に打ち合わせをしているときなど、平山氏の仕事ぶりの片鱗を見ることがしばしばありましたが、「乗り気ではない相手に話をする気にさせる話術」もまた、重要な能力であると思います。


そもそも「乗り気の体験者」というのは、最初から話す気満々です。正に発表する場を待ちこがれていたという感じで「俺の話を聞け!」とばかりに堰を切ったように話し始めます。こうした体験者には2タイプあります。
(A)「何度も発表の機会があって、話し慣れている」
(B)「今まで抱え込んでいた秘密から解放されたくて、我慢の限界を超えた」
比率で言えば、(A)のほうが多いように思います。そして、(A)のタイプは「寝ていたら金縛りにあった」などの軽度の体験談である傾向が強く、また「体験したのはその一度きり」であり、初めてで珍しい体験だから人に触れて歩きたくなる。繰り返し説明するので話し慣れてきていて、話が実に綺麗に整理されていたり、しゃべるときに手慣れた演出が付いていたり、さらには尾ひれが付いていることもあったりします。その割に「怪異ではあるけど、当人が思っているほど珍しい体験というわけでもなかったり。

例えば目の前で交通事故が起きたら、たぶん目撃者は興奮して「物凄く珍しいものを見た、貴重な体験をした」と思うでしょう。実際そうです。しかし、交通事故そのものは年間数千件以上起きていて、数百人が死亡しています。知り合いを辿れば「事故にあったことがある」という経験者は何人も見つかります。ですから、「交通事故」は痛ましいし目の前で見たら驚くけど、それを人に聞かせてもそれほど珍しい体験だとは受け取られません。
(A)の話慣れて何度もしてしまうような軽度の体験というのは、ついその程度に受け止めてしまいがちです。
これを軽く聞き流すか、そこにさらに違和感を見つけ出すか、繰り返し語ることで定着してしまった体験者の記憶の中から、語り忘れている重要なことを引き出せるかどうかというのが、次に必要な能力です。洞察力と言われるものです。

この洞察力は、語り慣れている(A)タイプの体験者よりも、むしろ秘密を守ってきた(B)タイプの体験者から聞き取りをするときに必要になります。
(B)タイプの体験者は自分から切りだそうとすることはあまりないかもしれません。ですから、その人がそもそも体験談を持っている人かどうかすら、最初はわかりません。
「長年付き合いがあったけど、君が霊感あるとは知らなかったよ」
という驚きがしばしばありますが、彼等はそれほど頑なに自分の秘密を守っています。特に身内や知り合いなど、過去からも未来に向けても長くつきあうことになる人に対しては、自分が変な目で見られないようにという緊張感からか、そうした体験を一層伏せるようになるようです。
逆に、一期一会になるかもしれない見知らぬ他人には、却って「ここだけの秘密」として、または「身内には言えない話」として明かしてくれることがあります。明かしてもらえるよう話を運ぶ会話能力も必要です。

(B)タイプの体験者は、(A)タイプの体験者ほどには自分の体験を語り慣れていないことが多いようです。普段、自発的に封印しているからかもしれません。
そうなると、話したいことはあるけれども、どこから話をしていいのか自分でもよくわからないことが多々起きてきます。
いきなりオチから話し始める人、話が始まるまでの前置きが長い人、どうでもいい部分のディティールが細かすぎる人、逆に要点のみしか話してくれず話の全体像がよくわからない人、飛ばし飛ばしかいつまんで話し、足りないところを何度も何度も振り返りながら思い出す人、などなど。
聞き取りによる実話怪談について、「聞いた話を一言一句変えずにテープ起こしすればできる」と思っている方もいるのかもしれませんが、実際には体験談を明かしてくださる方々は語りのプロでもなければ著述のプロでもなく、さらに体験談を説明するために日常的な練習・訓練をしているわけでもない、ということを失念しています。
体験者は、繰り返し怪談を書いている文章のプロではありません。(A)タイプの体験者のように、自分の珍体験を誇らしげに語る人は、語る回数が多いが故に全体がわかりやすいようにシェイプされた説明をしてくれるかもしれません。
が、「滅多に明かされない秘密の話」が潜んでいることが多い(B)タイプの体験者の場合は、本人も滅多に語らないせいもあって話の全体像がスムーズに説明されるとは限らないのです。

「超」怖い話Hの巻頭で、平山氏が述べている取材に関する話を一部引用しましょう。

『〜(前略)
 毎回、毎回、取材をしていて思うのは〈怪異〉というのは本当に脳の奥深くしまわれているのだなあということなんです。
 人は、日々生活していくなかで必要なことだけを、脳のテーブルに出しているんですね。
 まあテーブルの大きさは個人によって様々で、ちゃぶ台サイズであったり、大企業の会長の机並みであったりするようです。
 で、家の住所やら人の名前やら、仕事先の案件やらは、すぐに使えるようテーブルに出してあるんですけれど、過去の記憶や遠い日の想い出、辛かったことや、哀しさ、悔しさといった類のものは、納戸にしまってあるようなんです。
「あそこの店のランチがおいしかったよ」というような日常雑記的なものは、テーブルのそばに散らかっていますから、比較的思い出しやすい。
 但し、〈怪異〉となると、人はかなり奥にしまってあって、取材ではいかにしてそこまで行って〈記憶〉を取ってきて貰うかが勝負となるようです。
〜(中略)〜
 この話に辿り着くまで二時間。彼女は頭の納戸まで行ったり来たりをしてくれたのです。
 怪談蒐集というのはある意味、こうした人の心の奥に眠っている〈ある瞬間〉を切り取ってくるような作業なのかな、と最近では思っています。
(後略)〜』〈竹書房:「超」怖い話H(平山夢明編著):巻頭言より引用〉

ここにあるように、正に「行きつ戻りつしながら話を思い出す」ため、取材時のテープをそのまま起こしただけでは、体験談は「怪談」の体を成していません。行ったり来たりを繰り返しながら思い出して貰った話の中から、さらに違和感を感じたところを探し出し、話の全体像を整理し、恐怖の要点になる部分を見つけ、体験者本人が気付かなかったことを見つけ出すことが必要です。
体験者がありのままを話していても、体験者自身はそれを怖いと思っていないことがしばしばあるためです。
例えば、「夜中にごそごそ物音がする。泥棒かと思って行ってみると見知らぬ老婆がいる。一喝すると老婆は消えてしまった」という話があったとします。こちらは見知らぬ老婆が消えた、というところを怖いと思いますが、体験者当人は「泥棒」のほうを怖がっていて、消えた老婆が泥棒ではなく何も取られていなかったことに安心していたりするわけです。老婆が消えたということについて、体験者は違和感を感じていないというケース。これは極論のように見えますが、実際に体験者が気にしている箇所と、こちらが気になる箇所が異なるケースは珍しいことではありません。
今のケースで言えば、聞いた話をそのまま書くと、「泥棒かと思ったら違った」という話になります。体験者が問題にしなかった点を書くと「消えた泥棒は幽霊だった」という話になります。
このように、体験談の中から体験者も気付いていない点をよく精査すること、恐怖の要点を見つけることが重要です。
行ったり来たりしながら乱れた順序で思い出された記憶を、時系列順に並べ直す作業も必要です。そうして出てきたものを転写整理して、初めて「怪談を書くための下準備ができた」ことになります。

その上でさらに、「ネタの峻別」があります。
これは、「つまらないネタを捨てて、おもしろいネタだけを選ぶ」という理解になってしまうのかもしれませんが、つまらないネタというのはあまりありません。あるとすれば、「優先度が高いか低いか」または「今、書く時機に達しているかいないか」になるかと思います。大ネタだけどそれを書ききる力が自分にあるか、であったり、小ネタだけど季節的にどうかであったり。書いてもうまく書けず、寝かせておいて後日書くとうまく書ける話というのもあります。説明された内容をそのまま書いたほうがうまく書ける話もあれば、省略していいところを省いたほうが全体がはっきりわかる話もあります。
そうしたところで、聞き取った体験談をどう生かすかも問われてきます。

ここまでを総合して、取材力です。
ここまでして選んだ体験談をどう料理するか、どう描写するかという言葉選びの段階――文章技術がものを言う段階にようやく入れるわけです。


実はこの取材力はなかなか養うことが難しい能力なのかも、と思います。
一言で言ってしまえば取材・インタビューというのは「聞く技術」なのですが、
「人の言うことに耳を澄ます」
「自分へ渡された言葉に自分がその場で反論せずに、耐える」
「言われたことの中から自分にとって必要だと判断したものを汲み取り、自作品に生かす」
ということを鍛錬しようと思ったら、自分一人ではできません。自分に対して意見を言う、「俺の話を聞け!」と迫ってくる対象が必要であり、そうした対象の言葉にどう耳を傾け、どう耐え、どう必要な要点を選ぶか。しかも相手は語り著述のプロであってはいけません。
「俺の話を聞け!」と迫ってくるけれども、うまく説明や表現ができないもどかしさを当人自身も抱えているような、できればプロフェッショナルではない人が適しています。

超-1の講評システムは、いろいろな点を見ていますし、同時にいろいろな効能を提供しています。
「他人の怪談をきちんと読みとる能力を、応募者自身は備えているか」
「応募者は怪談から読み取った内容を再提示し、要点を示し、自分が違和感を感じた点を説明できているか」
「一般講評者=素人の講評に目を背けずに、自作についての意見を聞けているか」
「悪罵批判に耐えることができるか」
「悪罵批判の中から自分にとって必要なアドバイスを取捨選別できるか」
などなど。
システムに組み込む形で用意したこれらの効能について、うまく風を掴める人は驚くほど成長します。それは、昨年の結果を見ればわかる通り。序盤と終盤で別人のように見違えたランカーは、「聞く技術」が鍛えられたということであるように思います。


書く技術、どう描写・表現するか、どういった文体でどのように流麗に書くか。
そういうことは、場数を踏めば解消されていく問題です。数をこなすことで自身の無駄はシェイプアップされていきますし、うまくできなかったこともできるようになっていきます。反復練習と経験値の蓄積による恐るべき効能という奴ですね。
ですが、同じネタばかりを繰り返し発表するわけにもいきません。(もちろん、個人的演習として何度も同じネタを書くのはアリだと思っています。これはこれで、向上しますので)
そうなると、実話怪談においては書く技術よりもまず「聞く技術」「取材力」の向上が優先されるべきだと思います。

ただし、これは著者が、
「(1)持て余している体験談を消費するために実話怪談を書く場合」
「(2)実話怪談を書くために体験談を補給しなければならない場合」
では事情が異なります。
(1)のケースでは、取材力を鍛える必要はあまりないかもしれません。体験談の公開=消費、または償却が主目的だからです。超-1では、実話怪談作家を目指している方の多数の参加がある一方で、(1)の持て余している体験談を発表したい、デビューは目的ではない、という方も多数いらっしゃいます。
聞く技術の向上というのは、(1)ではなくて(2)の実話怪談作家を目指している方にむしろ必要な要件だと思います。

職業として書くことになった場合、何より求められるのは「新しい話」です。
次々に取材し続けなければならず、体験談を補給し続けることができなければ職業的実話怪談作家として続けていくことは不可能です。
文章をうまく書く人はいくらでもいます。
が、取材を続けられる人はごく少数です。

だから「実話怪談作家」と呼ばれる人は、小説家に比べても多くはないのだと思います。
「俺の話を聞け!」というプロではない体験者からうまく話を引き出し、それをプロではない不特定多数の読者に対して「俺の話を聞いてやってください!」と再提示するのが実話怪談という仕事であるように思います。
聞く能力のない人に、聞かせる能力は育ちにくいのではないでしょうか?









by 加藤一 ¦ 10:10, Tuesday, Apr 10, 2007 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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