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実話怪談に限った話ではないんですが、文章として一度世に放たれたものは、著者がどういう意図を持って読ませたいかに関わらず、どのような趣旨で理解するかはその全てが読者に一任されています。
勝ち負けというのも変な話なんですが、ちょっとわかりやすく例えてみましょう。 読者が著者の思惑通りに読み、理解し、著者の思惑通りの感想を読者から引き出すことができれば、著者の勝ち。 著者の思惑が読者に伝わらず、理解されず、読者が著者の思惑と反する感想しか述べない場合は、著者の負け。 これは、何についての勝ち負けなのかというと、文章力或いは伝達力についての勝敗ということになります。ここで間違ってはいけないのは、「では、文章力が際だっていれば、そのベースになる体験談は何でもいいのか」ということ。精密に精緻に、間違いなく伝わったとしても、そこから得られた感想が「それで? だから?」では、意味がないわけです。実話怪談における文章力というのは、あくまでも「体験談を再現する、そこから導きだされる事柄、印象、恐怖感・驚きといった体験者の感情の動きを、読者に認識・追体験させる」ということのために費やされなければならない、ということなのだと思います。
超-1での講評は、こうしたところから「わかりやすかった」「わかりにくかった」という感想の述べ方が増えてくるのかもしれません。文章力が秀でていれば、読者は著者の意図通りの感想が引き出される=わかりやすい、ということでしょう。 これは、単純な文章力の講評という意味では間違いではないでしょう。 が、「応募者が行う実話怪談の講評」に求められるのは、そんなシンプルな解答だけでよいのでしょうか? と問われたら、僕は「それは違うんじゃないかな」と即答するかもしれません。
応募者が行う講評は特に、「文章力」「表現力」「再現力」だけに注目していてはいけないように思います。戦略的に、後々のことを考えるなら特に。 応募者に特に求められるのは、「洞察力」「想像力」ではないでしょうか。これはもちろん、文章力・表現力・再現力に繋がっていくものですが、文章力・表現力・再現力がOutputに関連する重要要素だとすると、洞察力・想像力はInputの重要要素だと思います。Inputのさらに前段階には「交渉力」「聞き取り力」「コミュニケーション能力」などが必要なんですが、その部分の全てを講評で読み取ることは少々難しいので割愛します。
洞察力・想像力は、「聞いた話の要点を掴み取る能力」かと思います。 洞察力がなければ、聞いた話の中にある「怖い要素」や「本来あり得ないはずの可能性」を、見落としてしまう可能性が高いのです。 体験者の方から伺う体験談が、怪談としてすでに完成しているというケースはむしろ稀で、ほとんどの場合は体験者当人が無自覚であったり、整理されていない記憶の乱雑な羅列でしかありません。その中から話の違和感に気づく洞察力と、乱雑な記憶の時間軸を整理する想像力が重要になってきます。
応募者による講評のどこを注目すべきか。 昨年の超-1/2006では、応募者による講評のうち、文章力に対する評価の部分と並んで、講評者自身の洞察力と想像力の有無を重視していました。 それこそが、「実話怪談を書く為の体験談を【取材するのに必要な能力】」であり、この仕事の適性を知る為に最も重要なファクターのひとつであったためです。 言うなれば、講評者(応募者)がその怪談(或いは体験談として提示された、乱雑な記憶の羅列)を深く理解できているかどうか。足りないピースの存在を想像し、それを体験者に再確認することで、パズルを補完する想像力があるかどうか。 補完するピースを見つけた後なのです。文章力・表現力・再現力が必要になってくるのは。
「文章力は場数を踏めば育ってくる。だからそんなに気にしなくていい。後回しでもいい」 これは、これまでにも繰り返してきた僕のポリシーです。 ただこれは、「洞察力・想像力が十分にあるならば」という前提に立っています。 逆に、洞察力・想像力に欠けている人は、どれだけ文章力・表現力・再現力に磨きを掛けても、少なくとも実話怪談を書き続けるのは難しいかもしれません。
コンピュータのよく知られたエラーのひとつと同じ。 ゼロは、何を掛けてもいくつ掛けてもゼロにしかならないのです。
提示された実話怪談の文章力を評価すること。 ですがそれ以上に、怪談を体験談と見なして「講評者の立場に立った応募者に、怪異の核を読み取る能力があることを、講評という機会を通じて証明すること」が、応募者による講評に対して求められていることなんです。 読者=審査員による講評の他に、応募者自身にそれぞれの講評をお願いしているのは、そうした能力を持っているかどうかを、実行委員会側が観るためという性質も持っているわわけです。
「おもしろかった」「よかった」 一般審査員の講評ならそれでもOKだけど、応募者の講評はそれだけじゃ不十分、ということなんですね。
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