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気が付いたら「超」怖い話最古参メンバーということになっているわけですが、「超」怖い話を巡る歴代編著者諸氏からは、折りに付けて様々なことを学びました。
「超」怖い話の続刊をやろうという話が初巻の翌年に決まったとき、初代編著者の安藤薫平氏は確かこう言っていました。 『いやあ、俺はもういいよ』 言いたいことは言ったし、無理して集めてまでやろうとまでは思わないから、もういい。 そういうニュアンスだったと記憶しています。過ぎたるを知る、ガツガツしない、という謙虚さ。怪異とは追うものではない、という安藤氏なりの戒めだったんじゃないかと思いました。安藤氏は確か「見える人」でした。であるが故の自戒はいつも気に掛けていらしたのではないかと思います。 これは、「無理に集めようとしない」「来たものは来る必然があったのだから、必然=縁があったものについては、どうにかする」という僕の怪談に耐する基本スタンスの、さらに根深い部分の土台になりました。
御本人がどう考えているかはとりあえず置くとして、僕はこの仕事をする自分を構築する上で、樋口明雄氏には並々ならぬ影響を受けています。駆け出しの頃、酒の飲み方と生き方の哲学のようなものを熱っぽく語る樋口氏の薫陶を間近で受けたこと、「超」怖い話を巡って書き手としての基礎・基本は樋口氏の模倣から始まった部分もかなりあると思います。 チームで書くのだから、僕一人だけがレベルを下げてはいけないわけです。その時点で遥かに先に行っている先輩からは、実に多くのもの得ていたと思います。 樋口氏は「超」怖い話においても、スタンダードを示した人であることはご存じの通りと思います。個性を求める前に、まずスタンダードを踏まえる必要はあるのだ、と樋口氏から学びました。ピカソだって最初からゲルニカのような作風だったわけではなく、まずその初期には写実的な絵もたくさん描いてたわけですね。そうしたスタンダードを持っていて、その上に自分の求めること自分の求める部分が先鋭化していって、ああいう成長を遂げたんだろうな、と。 成功や独立を追い求めようとすると、どうしても「他の人が持っていない独自的かつ先鋭的な個性」ばかりをよいものとして求めがちです。が、スタンダードができていないうちにそれをするのは、焦りではないのか、と。まず基礎を作るべきだ、ということを樋口氏は訴えていたか、というと、本人は一言もそういうことを口にはされていなかったと記憶しています。 手取り足取り教えてもらえたわけではありませんが、その当時の作品からは〈そうあるべきだ〉という訴えを多く感じ取っていました。
写経ってありますね。お経を書き写す奴。 あれは書の練習や文面の暗諳、精神安定という信仰上の効能というだけではなく、書かれている内容の「構造」を理解するためにも必要な行為なのだそうです。 写経をしていたわけではないんですが、編集担当として樋口氏などの文章を繰り返し読み、書き移し、推敲分を転記し、という作業に関わったことで、結果的に樋口氏の文章を深く学ぶことができました。 『スタンダードを学べ』 声なき声ではありますが、樋口氏からの金言であると思っています。
安藤氏からは怪談に対する姿勢を学び、樋口氏からは文章を綴る上でのスタンダードを学び。そして平山夢明氏からは――学べないものが存在することを学びました。 姿勢や手法は真似ることができます。学ぶというのはつまりは、手本を模倣することから始めるものでもあるわけです。もちろん、繰り返し手本を真似るうちに、自分が特に重要と思う部分、自分にとって快感なスタイルが、繰り返されるようになります。意識してそれを獲得しようとするのではなく、無意識のうちに選んだやり方に共通する部分を第三者に見いだされたとき、初めてそれが「個性」と呼ばれるのかもしれません。個性は、学び・模倣の延長線上に浮かび上がる残像であるわけです。 初期の平山氏の文体について覚えていることを挙げれば、チームとしての「超」怖い話に馴染む目的もあって、中興の祖であり「超」怖い話のスタンダードを作った樋口氏の手法に倣っていた部分もあったと思います。
しかし、学び、模倣では獲得できないものというのは確かにあります。 なぜ平山氏はあれほどに怪異に愛されているのか。 なぜ平山氏の周囲ではあれほどに死や準死が頻発するのか。 これは模倣できません。真似ることも、学ぶこともできません。 余人を持って真似ることができないことがある、というのが平山氏の最大の魅力であり武器であると思います。 例えば、平山氏の文体を真似ることは可能です。一度書かれた文章、使われた言葉を繋ぎあわせれば、「平山風」を再現することはそう難しいことではないかもしれません。超-1/2006でも平山氏の作風を意識した、言わば「平山ドクトリンに忠実な実話怪談」は多くありました。実話怪談を再現する手法としては、完成型に限りなく近いと言っていいほど研ぎ澄まされた文体に、十分にインパクトのある体験談を詰め込むことができれば、ある程度の破壊力のある平山風実話怪談を、平山氏当人以外が書くことも、不可能ではありません。 そうした、平山「風」実話怪談と、平山「純正」実話怪談を分けているものは何か。 やはり、装置に装填される体験談の差であると思います。 なぜ、そういう体験談を得られるのか。 これは、模倣できない点です。 取材数を多くすれば得られるか? 否。 母数を大きくすれば解決できるという単純な問題ではありません。 誰にでも公正公平平等に「当たり」を引く確率が保証されているわけではないからです。 なぜ、そうなのかについて言えば、「それは平山夢明だから」で納得するより他にありません。
超-1/2006以降繰り返してきたことですが、文章力については基本を踏まえた上で数をこなせばどうにでもなる。急ぐ必要はない。個性に貪欲である必要もない。そんなことは、むしろ重要ではない。むしろ、重要なのは「真似ができない能力」のほうです。 これは、「真似が出来ない能力を獲得する努力をしろ」ということではありません。 そういう能力を自分が持っているのかどうかについて、診断できる人間は基本的には自分一人しかいないということです。自分がそういう能力の片鱗を持っているということに、【気付くこと】ができれば、実話怪談を書き続けていくことは可能になります。 いや……厭でも書かざるを得ないハメになるんじゃないでしょうか。 そういう能力が自分にあることに気付けない、またはそういう能力がないということを自覚できれば、早めに諦めることもできるかもしれません。自分は実話怪談を書くことは運命付けられていないのだ。他にすべきことがあるということに納得できれば、それはそれで幸せではないかとも思います。
『真似や模倣では得られないことがある』 ということを、平山氏から学びました。 これはもう、自分が何をする人間なのかについては、気付くしかないんだな、と。 他人がうまくやっているのを見て、自分も同じようにできるはずだと思ったり、自分が同じようにできないのだから、他人がうまくやれるのは不公平/不公正だと思いこんだりするのは、ある種不幸なことです。 我々が今ここにいる理由は、恐らく皆違うのだと思います。
では、先輩諸氏と比べても怪談をうまく書く才能があるわけでもないのに、自分はなぜ怪談を書かなければならないんだろう、と悩むことがあります。 厭なら辞めればいい、とも言われます。そりゃそうですね。 でも、厭なのに目を背けられないのが怪談なんじゃないでしょうか? これは今も悩み続けているところです。 僕について言えば、今のところは「とりあえず体験談を聞いたら、それを実話怪談にして書き残しておかなければいけないという役割らしい」「聞いたらとっとと書かないと、いつまでも忘れられない」ということは、なんとなくわかってきました。書く理由=忘れるためです。 ただ、この理由は人によっても大きく異なるのではないでしょうか。
超-1応募者諸氏には「怪談を書く理由」を今回も伺っていますが、「そうでありたい」と願っている願望としての理由と、「それより他にない」という選択肢のない切実さを伴った理由とでは、本当は違うのかもしれません。
書き続けるうちに、書かなければならない理由が見えてくるといいですね。
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