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「巨鯉釣りさ行ぐべ」 舩山さんが友達の安部君に誘われたのは、小学校四年生の夏休み。 今から二十年以上も前の話である。
暇さえあれば竿を握っている程の舩山さんであったが、近所の川で釣れる鮒や追河、諸子などの小魚には正直飽き飽きしていた所でもあった。 一度でいいから魚拓にして残せるような大きな魚を釣ってみたい。 そんな時にこの誘い。 しかも手許には、買ってもらったばかりのグラス製の七尺竿。 彼が飛び付かない理由がなかった。 二人してペダルを漕ぐこと約二時間、ようやく釣り場へと到着した。 目的の沼は小高い山々に囲まれて粛然としていたが、時折聞こえる魚の跳ねる音が魚影の濃さを物語っていた。 舩山さんが餌のミミズを採るべくスコップを取り出そうとしたところ、安部君は頭を振って沼を取り巻く山径の端側を指さした。 「ほれ、餌はあそこにあっぺ。」 安部君の指さす辺りに、掘っ建て小屋に毛の生えた程度の黴臭さそうな建物がある。 安部君に導かれてその小屋の前まで来ると、彼は側に落ちていたこぶし大の石をおもむろに鷲掴んで、引き戸を施錠している錆び付いた南京錠に一撃をくれた。 からん、と情けない音を立てて南京錠が抜け落ちる。安部君は力任せに扉を引いて中に入ると、茶褐色の固まりを両手で掬うように持ってきた。 「ほら、餌だ」 蚕のさなぎ、だった。 さなぎは鯉釣りの特効餌だから、それ自体は別段おかしくない。 こんな所に餌用に乾燥させたさなぎが大量にあることがおかしいのだ。 「もしかすっと、こごって……」 守り沼だ、安部君は悪びれもせず言う。 つまり、鯉の養殖沼で釣りをするという事になる。 「大丈夫だ。誰も来ねって」 舩山君は罪悪感を少々感じながらも、安部君の後を追う事にした。 釣り針にさなぎを付けて適当に放り込むや否や、瞬時に騒然となる水面。 水中の天蚕糸を中心として、瞬く間に出来上がる墨色の大円。 我先にと争わんばかりに鯉達が殺到してきたのだ。 目をこらしてみると、赤白眩い錦鯉や浅黄色が映えるドイツ鯉もいる。 こい、コイ、鯉だらけ。 入れ食いとは、正にこの事。 釣った鯉を次々に魚籠に入れていた所、安部君の冷静沈着な声が制してくれた。 「おい、大物一匹だけだって言ったべ」 そうだそうだ、危ない危ない。お互いに持ち帰るのは鯉一匹だけと決めていたんだった。 自分を取り戻した舩山君は、十数匹の小物をさらに釣ってリリースした後、極上のドイツ鯉を見事釣り上げた。 びちびちと躍動する鯉を竿先からぶら下げながら安部君の方に向かった所、彼も満足する鯉を釣り上げた模様。 「舩山も釣ったべ。そろそろ帰っ……」 笑み顔だった安部君の表情が一変し、驚愕しながら釣り上げた魚を竿ごと地面に放り投げた。 「くっ、くっ、くーーびーー!」 顔面蒼白になった彼が、舩山君の釣り上げたドイツ鯉をがたがた震えながら指さしている。 「はあ?」 訳が判らない彼が自分の釣り上げた物を見てみるが、立派な髭を蓄えた鯉が口をぱくぱくさせているだけのこと。 おかしな事など何もない。 「何言ってんだず。立派な鯉……」 良く見てみろとばかりに、舩山君が彼の方へ近づいていった時。 安部君の釣り上げた物体が目に入った。 それは魚では無かった。 首。 顔面が多少崩れ落ちてはいるが、頭髪もまばらな男の生首。 どんよりと濁った目、所々まばらに垣間見える白骨。 少しだけ残っている口唇から鉤素を出しながら、ぱくぱく、ぱくぱくと口を動かしている。 震えが全身を駆け巡った。 瞬間、股間が生暖かさで充満する。 ズボンを足に密着させる温さが動きをぎこちなくさせてはいたが、息も絶え絶えに成る程の必死さで自転車までたどり着くと、脱兎の如くその場から逃げ去った。 途中で安部君が追いついてきたが、お互いに話すことも無く、只々ペダルを漕ぎまくって自宅へ到着した。
人心地ついてから、すぐに安部君に電話を掛けてみると。 舩山君曰く、安部君が男の生首を釣り上げた。 安部君曰く、舩山君が女の生首を釣り上げた。 双方相容れなかったが、結論としてはあの場所へは二度と近寄らないということで意見は一致した。 まだ新しいグラスロッドは泣く泣く諦めたらしい。
「俺は首なんか釣ってないんだよ、本当に。ただの鯉だよ鯉」 首は安部君が釣り上げたんだと頑なに主張し続けているが、安部君にしてみれば正反対だということだ。 「んで、こないだね。たまたま例の沼の名前をネットで検索してみたんだ」 あの出来事自体忘れかけていたのに不思議なもんだね、と舩山君は笑う。 滅茶苦茶ローカルな沼なので、期待はしていなかったのだが。 「そしたらね、ヒットしたんだよ。もちろん首とセットでね」 そう、そっと耳打ちしてくれた。
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受信: 00:53, Thursday, Mar 08, 2007
■講評
名前: くりちゃん ¦ 18:34, Friday, Feb 02, 2007 ×
内容:釣りをしないので雰囲気が掴みにくいのですが、釣り上げた獲物は厭ですね。 2人ともが違うものを見ていたというのは興味深いです。+1 文章:非常に冗長に感じます。ただ、雰囲気作りと状況説明に文章を割けばこの量は仕方ないかとも。 オチ部分だけでもイケる気もするし、無くてもイイ気もするし、なんかどっちつかずな作品という印象を受けました。0 |
名前: brother ¦ 20:41, Friday, Feb 02, 2007 ×
怪異自体はよいと思う。 が、安部くんが南京錠を壊して小屋に入ったのなら、彼も中に入るのは初めてだったのか。なぜ中に蚕のさなぎがあることを知っていたのか。その辺が説明不足なので、引っかかってしまった。 また、「鷲掴む」という動詞はまだ一般には認知されていないと思う。ここは「鷲掴みにする」の方がよかった。 |
名前: ナルミ ¦ 21:20, Friday, Feb 02, 2007 ×
内容:1 文章0
「おいてけ堀」にちょっと似たような話ですね。 びくの中に首が入っていたのはそれほど驚きませんでしたが、口をパクパクさせてたのが不気味です。 文章はもう少し短くできたのではないでしょうか? |
名前: ダウン ¦ 00:45, Saturday, Feb 03, 2007 ×
「ぶらんぶらん」同様、こういった認識違いの話は底知れぬ怖さを感じます。 また鯉泥棒という背徳感もほどよいスパイスとなっていました。 しかし振り返ってみると怪異までの流れが少し冗長で、的が絞りきれていないというか全体的にアンバランスな印象を受けました。 |
名前: いただ ¦ 10:31, Saturday, Feb 03, 2007 ×
-4 0 +4 文章;■■■■■■■■□(+3)…a 構成;■■■■■■■□□(+2)…b 怪異;■■■■■■■□□(+2)…c 恐怖;■■■■■■■□□(+2)…d 嗜好;■■■■■■■□□(+2)…e ※(a+b+c+d+e)/5…総合点(小数点以下第1位四捨五入)
素直に良い作品であると思う。 話の構成もしっかりしているし、文章にも魅力を感じた。 怪異も「うへぇ〜マジっすか。聞かなきゃよかった」とまではいかないものの、それなりに興味深いものである。 ただ惜しまれるのは肝心の怪異の部分で「舩山君・彼・安部君」の二人称が理解し辛いところ。 今年は初っ端からレベルが高いなぁと戦々恐々。 |
名前: 空 ¦ 12:29, Saturday, Feb 03, 2007 ×
話自体は面白いと思う。 が、文章が冗長になりすぎ、生首を釣り上げた不気味さも、二度と近づきたくない沼の気味悪さも伝わってこないのが残念。 |
名前: ぶひちゃん ¦ 14:36, Saturday, Feb 03, 2007 ×
名前: 博多魔道師 ¦ 15:34, Saturday, Feb 03, 2007 ×
技術0 素材2 文章が、少し背伸びしているように思いました。 情景を描く力はある方だと感じたので、全体に密度を薄めてもらったら、もっと良くなると思います。 よくある展開の話なので、どうかなぁと思っていたぶん、この怪異には驚きました。 |
名前: Chelsea ¦ 20:30, Saturday, Feb 03, 2007 ×
「くっ、くっ、くーーびーー!」などちょっと安易な部分がありましたが、全体的に高レベルな作品だと思います。 ただ、少し冗長な気がしたので文章は1.5、怪異も超ド級とまではいかないので1.5で。
文章1.5 怪異1.5 =3
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名前: 久遠平太郎 ¦ 21:49, Saturday, Feb 03, 2007 ×
ちょっと文章が長いように思う 話の内容自体は怖いんですけど・・・ |
名前: ハッシー ¦ 01:35, Sunday, Feb 04, 2007 ×
激し怖い話です+3 少々読み辛かったのが勿体ない-1 |
名前: 現 ¦ 16:58, Sunday, Feb 04, 2007 ×
そのときの状況がわかりやすいので文章力はあると思う。ただ、前の人が書いているとおりやや長すぎる。手を加えれば良作だと思います。今の段階では0で(^.^)
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名前: 椿 ¦ 23:41, Sunday, Feb 04, 2007 ×
鯉泥棒の罰が当たったのでしょうか。 生首の描写が真に迫っていて怖かったです。 でも、描写がちょっと分かりにくいので。 |
名前: 飛泉 ¦ 20:51, Monday, Feb 05, 2007 ×
こういう所はもう日本には無いのでしょうか。 い〜な〜。 「行くべ」とか「あっぺ」と言う言葉遣いが情景を より深く感じさせます。 少々長いかなという文章も 古きよき日本を伝える為と解釈して+1。 沼の主の怖ーいメッセージなんでしょうね。 ネタもよかったので+1。
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名前: 桜子 ¦ 14:03, Tuesday, Feb 06, 2007 ×
(+3)釣り好きなので、自分がもし釣ってしまったら…と想像が膨らみまます。 (−1)ネットで検索した結果に、池にまつわる怪談などがなかったため、不要なエピソードとなってしまっているように思えました。
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名前: 13 ¦ 19:42, Wednesday, Feb 07, 2007 ×
気味の悪い話ですね。 擬音がちょっと気になりました。
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名前: 丹羽 ¦ 20:25, Wednesday, Feb 07, 2007 ×
文章面ですがやや力が入りすぎているようで、使用されている語句も消化しきれていないような気がします。 怪異が起きた時の描写や台詞も、まだまだ推敲の余地がありますね。 お互いに見えたものが違うという恐怖は非常に魅力的で、臨場感溢れる情景描写も良いのですが。 もったいないですね。 |
名前: 藪蔵人 ¦ 21:00, Thursday, Feb 08, 2007 ×
| この先にきっとなにかが起こる、と思わせながら進んでいく筆力はある思う。ただ、何となく想像がついてしまう。これはネタのせいであって、筆者のせいではない。なので、このネタをネタバレしないようにもっていく構成力と更なる筆力の高さを期待する。 |
名前: グリッソム ¦ 08:48, Friday, Feb 09, 2007 ×
全体的に昔話風でいいなぁ、と思った。 んだけど、話がくどい。ので、配点は0点で。 鯉の養殖所は「守り沼」っていうんだね。 「守り沼」という響きが民話っぽくていいな。
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名前: 戸井田 ¦ 12:00, Friday, Feb 09, 2007 ×
誰も近づかない場所でよからぬ事が起こったり、悪さをしたときにひどい目にあうなど、内容は惹きつける魅力がありますね。 ただ昔話のようで安心して読める分、怖さを感じませんでした。 |
名前: 雛人 ¦ 12:23, Monday, Feb 12, 2007 ×
怖かった。 少年2人が良心にさいなまれながら鯉泥棒という悪事をしてしまうというよころがよく書けていました。 スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」みたいなお話ですね。 ただ、後日談は蛇足だったかなぁ。 |
名前: 撃墜王の孤独 ¦ 19:59, Sunday, Feb 18, 2007 ×
【文章・構成】 文章を書きなれている印象を受けるが、 序段が長く、表現がやや過剰で回りくどくも感じた。 削るところは削り、メリハリがあってもよかったのでは。
【ネタ】 お互いの獲物が生首に見えた、という点は良かった。 それを敢えて最初から出さず、後出しにしたことで その怪異を強調しているように思う。 教訓的な怪談の典型、といってしまえばそれまでだが ネタのピックアップは良いと思う。 |
名前: GPZ ¦ 00:53, Tuesday, Feb 20, 2007 ×
一読した際は、文章がくどく感じました。怪異よりも釣りの方を描きこんでいるような印象。 怪異としては、「沼の主」でも棲んでいそうで非常に面白い。自分も、この沼に行ってみたい気にさせられました。 素材:+2 文章:0 |
名前: 夢屋 陣 ¦ 16:53, Thursday, Feb 22, 2007 ×
本文中に船山君などと君づけを連呼されるのは少々読みにくいですね。敬称略してもらったほうがいいかと。 前半の説明が少し長すぎかなと感じました。 お互いが相手の獲物が首に見えた、というのは面白かったです |
名前: らふら ¦ 00:19, Friday, Feb 23, 2007 ×
文章にややもたつきを感じる箇所があり、また最後の下りもいらないように思えましたが、非常に面白く読めました。 嫌な怪異です。 内容+2 文章+1 |
名前: cross2M ¦ 14:02, Friday, Mar 02, 2007 ×
ウチの近所にも、謂れのある沼があったなぁ…。 若干文章が冗長ですが、怪異に遭遇した彼らの驚きが伝わってきたので、良かったです。 自分でも漏らすな、これは(笑 |
名前: 水無月あくあ ¦ 11:27, Friday, Mar 09, 2007 ×
話自体は面白いと思うし、描写もいいです。 ただ、もう少し要らない部分をなくして短くしてもいいかなと。 読んでいて長いなって感じてしまいました。 生首というのはややありがちですが、それが嫌だと思わせないところはすごいと思います。
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名前: 黒ムク ¦ 13:30, Tuesday, Mar 13, 2007 ×
| 素材・1 文章・0 罰当たりな小学生が酷い目に遭う、という今時珍しい話。 楽しめた。 やや文章が冗長。ポイントを絞りこんだ方が良い。 |
名前: つくね乱蔵 ¦ 11:04, Saturday, Mar 17, 2007 ×
勝手知ったる安部君。 彼は幾度か釣に行っているのか。 その時は普通の鯉が釣れたんでしょうか。 今回は2人だから、途中で気がつく事が出来たが、一人で釣に行き、鯉と信じ持ち帰ったものが生首だったら……怖いです。
後日談はなくても十分怖くまとまっていると思います。 |
名前: フジ ¦ 22:48, Thursday, Mar 22, 2007 ×
股間が生暖かさで充満する所で、恐ろしさが伝わりました。生首の気持ち悪さはよく描写している。記憶まで混乱しているから相当な恐怖だたんでしょうね。後で沼のことを調べられたそうですが、その事を書いてくれたらよかった。 文章技術評価0 体験談希少度評価1
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名前: ナメコ ¦ 17:07, Friday, May 04, 2007 ×
| 文章はよく書けている。いわゆる昔話的な教訓にもとれる。 |
名前: ペペ ¦ 13:09, Monday, May 14, 2007 ×
これはちょっと肩に力入りすぎちゃってますね。 さっさっ、とシンプルに切れよく纏めていけば、けっこうな秀作に仕上がるだけのネタだと思います。 それなのに、本題に辿り着くまでに寄り道が多くて(笑)ああ、もったいない。 結局お互いの釣り上げた鯉がお互いに首に見えたという、貴重かつシンプルな怪異なのですから、ここに焦点をあてて、余分なつり知識はあまり必要なかったかと思いました。 あと、方言による会話多用はあまり実話怪談向けでないと僕は判断します。最小限度のそのときだけ。さもないと妙に間延びするような印象を与えかねません。 「おばけ見に行くっぺ」「そうだっぺ」 「お化け見に行こうか」「そうだな」 何となくムードの違いがおわかりだと思います。ただこの作品が昔話的な要素を年頭において書かれたのなら別ですが、するとグロ生首は牧歌的とはとてもいえませんから(笑)
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名前: 矢内 倫吾 ¦ 13:30, Thursday, May 24, 2007 ×
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